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11月9日のアレ -連作小話・その8- [Story: 3]

 勝敗

「つまり長澤まさみが爆発するんだよ。な、やべえだろ?」
 オガサワラの表情はいつになく真剣であり、だからこそ、端から真面目に話を聞こうという気持ちにはならなかった。
「うん、そうだな。そりゃあ、やばいよ。爆発するのが長澤まさみではなくてもやばいけどな」
「でも長澤まさみが爆発したらあれだろ、おまえ困るだろ?」
 俺になにを云わせたいのだろう。なにがどうなったらオガサワラの勝ちになるのだろう。
「困るっていうか……そうだな、これから伸びていく女優だし、爆発したら困るのはたしかだよ」
「ちがうよ、そういうことじゃなくてさ」
 いかにもイライラしている風を装いたいのか、大げさな手振りで否定してみせるオガサワラの姿に、ふとケント・デリカットがだぶって見えた。
「わかんねえかな。おまえ、ついこないださ、エプソンのプリンター買っただろ?」
「ああ、買ったけど」
「まだわかんねえの?」
 いつ連想ゲームがはじまったのだろう。
「わかんねえよ」
「長澤まさみが爆発したら、まさみから年賀状が届かなくなるだろ、つってんの」
 やべえ、マジかよ。それは困るって。マジそれは勘弁。
 と、乗った場合、俺は勝つのか、それとも負けるのか。たしかにエプソンのプリンターを買うと長澤まさみから年賀状が届くというキャンペーンをやっていたが、だからエプソンを選んだのではなく、単にそれが安かったからだ。
「べつに、だって長澤まさみ直筆とかならまだあれだけど、そんな大量にコピーした年賀状なんてもらってもさ、大して嬉しくもねえし」
 いかにも落胆した風を装うかのように、オガサワラは大きく息を吐くと、がっくりと肩を落とす仕草までやってのけた。
「もういい。なんか、がっかりだよ」
 席を立ったオガサワラの丸い背中を見送りながら、急に空の青さが気になった。

ワケ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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6月12日のアレ -連作小話・その7- [Story: 3]

 故郷

 七年ぶりに降り立った故郷の駅には、いつの間にやら銀色の自動改札が鎮座していた。そんな近代化を除けば相も変わらぬこの町は、あの頃の曇り空で、ぼくを出迎えてくれた。
 ぼんやりとすごした大学を出てから七年、ぼくはいったいなにをしてきたのかといえば、おそらく働いてきたという他はないのだけれど、ではなんのために働いてきたのかと考えてみれば、それは生きるためであったという結論に至るわけではないからこそ、ぼくは今ここにいるのだろう。
 休みなく働いた。不思議と疲れは感じなかった。やりがいのある仕事でもなかったけれど、それなりに必要とされていることが、いや、そう勘違いできた自分が心地よかったのかもしれない。理不尽が立ちふさがっても、生活のためと割り切ることができた。
 ある日、息苦しくなった。どれだけ息を吸いこんでも、足りない。ネクタイをゆるめても、シャツを脱いでも、裸になっても、ただ苦しかった。やがて、布団から起きあがることができなくなった。病状を伝えたとき、上司は舌打ちした。
 生きるために働いているはずだったぼくは、仕事に首を締められて会社を辞めた。
 いまだ営業をつづけているクリーニング屋の角を曲がると、七年前から崩れかけていたアパートが崩れかけたままの姿でそこにあり、通学路を示す真新しい標識がぼくを睨んでいる。
 ぼくの家はこっちじゃあない。それでも、足の向くままにぼくは進んでいた。
 ヤスとぼくは同じ高校を志望した。ヤスは受かって、ぼくは落ちた。それからなんとなく疎遠になり、大学に入った年には年賀状も届かなくなった。たぶん、ぼくも出さなかった。ふたりで吉本の養成所に入ろうなんて話していたのは中学の時分だから、もう十五年も前の話になる。ぼくは本気だったけれど、ヤスはどうだったのだろう。
 記憶を頼りに住宅街の細い道を抜け行き止まりに何度か肩を落とし、この辺では珍しかった洋風建築の前に、ぼくはようやく立っていた。白い壁は塗りなおしたのか、それともそのままなのか、ぼくの記憶にある「ヤスんち」そのままの白さを保ちつづけている。
 二階を見あげると、ヤスの部屋だったはずの窓はカーテンが閉じたままになっている。この場所から小石やスーパーボールを投げてヤスを呼んだものだった。今はだれかが使っているのか、それとも物置になっているのか……。
 と、玄関の豪奢なドアが開いて、見覚えのある女性があらわれた。
「あっ、あのどうも、こんにちは」
 ぎくしゃくした笑顔のぼくに、ヤスの母親は困惑した笑顔で応じ、かるく会釈を返した。
「あの、えっと、ぼくのこと覚えていらっしゃいません……か?」
 白髪の増えた母親は銀ブチ眼鏡の奥で目を細めると、なぜかぼくの胸元を凝視した。
「あーっ、あのもしかして康晴のお友だちの……」
「そうです。どうもごぶさたしておりまして」
 ぼくはあらためて頭をさげつつ、名前を思い出してもらえなかったことは気に留めまいと努力した。
「ちょっと久しぶりに帰ってきたものですから、なんだかこう懐かしくなってしまって、つい寄らせていただいたんですけど」
 早口で言い訳をまくしたてるぼくに、母親は曖昧にあいづちを打っている。買い物にでも出かけるつもりだったのか、歓迎されていないことは明白だった。
「あの、それで康晴くんなんですけど、今はどうしていますか?」
 すると、ほんの一瞬だけ母親の表情が変わった。明らかに拒絶を示すと、取り繕うように笑顔を浮かべてうつむいた母親は、曇り空のような鈍い灰色のセメントを見つめた。
「色々ありまして、そういう……ええ、申し訳ないですけど、声をかけても出てこないんじゃないかって……」
 また息苦しくなってきて、あえぐように二階を仰いだ。閉ざされたカーテンの向こうに、ヤスは、いる。
「もう三年……四年かしら……」
 母親のつぶやく声をそのままに、ぼくの目は無心にアスファルトをなぞり小石を探していた。

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5月20日のアレ -連作小話・その6- [Story: 3]

 舞台

「つづいてはヨッチンズの登場です。はりきってどうぞ!」
 いまだ仕事に慣れない司会者のいくぶん震えた声に呼びこまれ、舞台の袖から駆け出すふたりを、いつものごとくまばらな拍手が迎えた。
 マイクを前にして斜に立つと、まばゆいばかりの照明に目がくらむ。
「どうも、ヨッチンズです。よろしくお願いします」
 そう云って、彼は薄暗い客席を見渡した。ほぼ満席ではあるものの、そのほとんどが自分たちに微塵の期待をも抱いていないことを知らぬ彼ではなかった。
「いやあ最近ね、ちょくちょく思うことがあるんですけれどもね」
 台本どおりに相方が云う。
「ほお、なんでしょう」
「あのね……」
 言葉につまる相方。彼の脳裏に先週の舞台がまざまざと浮かびあがり、とたんに動悸がした。姿勢を正すふりをしつつちらりと盗み見た相方の目は、しかしかろうじて理性をたもっているようには感じられる。
「なんやねん、はよ云わんかいな」
 すかさずつっこんで、小さな笑いにつなげる。とはいえ、舞台上に起こる少しの変調にも客席は敏感だ。先週の悪夢を目撃した客も少なからずいるはずで、ヒヤリとした空気が会場に漂いはじめる。
「あのね、あれですよ、小学生の頃はよかったなあ、思てね」
「なんや、そんなことかいな」と大げさに返しながら見やった相方は、すでに一仕事やり終えたような佇まいを晒していた。膨らむばかりの不安を抑えつけて、彼は話を進めた。
「そんなん云うても自分あれやろ、なんやヘンなあだ名とかつけられてたやろ」
「ギザ十はぜんぜんヘンちゃうやろ」
 くそっ。台本を無視しやがる。舌打ちしたい気持ちをこらえ、頭のなかでとっさに台本を組みなおす。
「ギザ十て。そのギザ十いう名前自体がギザギザついた十円玉のあだ名やないか」
 小さな笑い。本来ならば話をもう少し引っぱってからギザ十の名を登場させるはずだった。牽制の意味をこめて相方をにらみつけた彼は、しかし、事態の深刻さを悟る。焦点が定まらず、天井から舞台の袖まで縦横無尽に泳ぎまわる相方の視線は、一週間前のそれとまったく同様であった。
「まあ、ぼくなんてね、自慢じゃないですけど学級委員をやってましてね」
 学級委員といえばホームルームとかで司会やらなあかんねんで。とつなげるはずの相方は、心ここにあらずの表情で客席の一角をじっと見つめている。
 終わった。
 ざわつきはじめる客席と、出番の繰りあがりで慌てふためく舞台裏に挟まれて、彼はスポットライトの熱を一身に浴びながら、意外にも穏やかなる自らの心を見つめていた。

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5月10日のアレ -連作・その5- [Story: 3]

五  教室

 学級委員なんて、自分でなければだれでもいい。たしかにそう思っている。すでに清野と真柄の名前が挙がっているのだから、ふたりに委員長と副委員長をやってもらえばいいんだ。
 じゃあ、どうしてぼくは室橋を推薦したのか……?
 正直なところ、自分でもよくわからなかった。しかも、よりによって室橋を。
 と、恵が高々と手をあげて、いつものように気取った口調で話しはじめた。
「あの、室橋さんには学級委員の仕事は無理だと思います。理由は、室橋さんはまともに、っていうと悪いかもしれないですけど、ちゃんと私たちと話をすることができないし、私たちが話していることも理解できないと思うし、それだと学級委員が集まるときとかも困ると思います」
 恵の意見に、あちこちで「そうだよね」「最近はハンディキャップって云うんだってよ」と声があがる。恵は正しいことを云っている。それはぼくにもよくわかる。けれど……。
 なにか反論しなくちゃいけない。なにか云わなくちゃいけない。そう考えれば考えるほどに心臓がドキドキして、なにも考えられなくなっていく。手のひらをズボンにこすりつけると、思いつくままに口を開いた。
「えっと、たしかに恵さんの意見もわかるんですけど、でも学級委員はふたりいるわけだから、もうひとりが大変かもしれないけど、室橋さんにはできない分の仕事をやってあげればいいと思うし、他のだれかが手伝ってもいいと思います」
 ようやくそこまで云い終えると、ちらりと室橋を見た。自分が話題になっていることもわからない様子で、絵本に夢中になっている。『さるるるる』なんて、12歳が読むものじゃない。
「だったら、室橋さんじゃなくてもいいんじゃないですか?」
 なぜか怒ったような口調で恵に云われて、ムカッときた。
「たしかに、室橋さんじゃなくてもいいんですけど……」
 さすがに、だったら清野や真柄じゃなくてもいいじゃないか、とは云えなかった。
「でも、室橋さんでもいいんじゃないかと思います。室橋さんはぼくらとはちがうっていうか……ちゃんと話はできないかもしれないですけど、でもだからって候補にも選んではいけないというのは、なんていうか、ちょっとちがうと思います」
 不満そうにうなっている恵も、どうやら納得はしたようだった。黒板の下のほうに室橋の名を書きこむと、学級委員の遠藤は教室に問いかけた。
「ほかに推薦したい人がいなければ、清野さん・真柄くん・室橋さんの三人で選挙をしますけど、それでいいですか?」
 すぐに「いいでーす」というクラスの同意が響いた。
 
 票の多かった順に、清野が学級委員長、真柄が副委員長に決まった。ふたりとも「これからがんばるので、よろしくお願いします」とあいさつをして、まばらな拍手を浴びた。
 五時間目のホームルームはそのようにして終わり、後生大事に絵本を抱えた室橋は、またなかよし組へと戻っていった。おそらく、自分にも三票が入っていたことには気がついてもいないんだろうな、と思った。

 

ホットホット(写真はイメージです。本文と関係ありません)


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5月7日のアレ -連作・その4- [Story: 3]

 紙上

○月○日(日)午前はくもり、午後は快晴。偏頭痛なし。
 今日もバイト。今日こそ「やめます」っていうはずだったのに、結局いえなかった。いいかげんにやめたい。でも、店長にはなぜか信頼されてるし、やめますなんていえない。「今度の連休もお願いね」といわれて、笑顔でうなずく私がいる。
 やめてどうするんだろう、という迷いがあるのかもしれない。あのお店をやめて、そしたらまた次を探して、またやめて、また探して……。いつまでその繰り返し? いつまで? そうやって考えはじめるとドキドキして、頭のなかが真っ白になって……それがいやで、それから逃げたくて、また同じことを繰り返している。
 そういえば、夕方くらいにお店に来たふたり連れのお客さんが選挙の話をしていた。パパの選挙もそろそろかな。国の選挙と地方の選挙はちがうのかな。よくわかんないや。なるべくニュースを見ようと決めたのに、やっぱり見てない私。
 ゴルファーみたいな格好のよくしゃべるお客さんは、「おまえの応援があれば勝てる」とかなんとかいってグレーのスーツを着た男の人を説得していたけど、結局だめだったみたい。西日でまぶしそうにしていたスーツの人は「ヒチコック」とかって呼ばれていたけど、あれなんだろう? 迷惑そうだったから、きっとほめ言葉じゃないんだろうけど。
 こんなふうにお客さんの話を立ち聞きしていることがバレたら、店長に怒られるだろうなあ。……それでお店をクビになったら楽かも、と思った自分がきらい。
 あさってこそは伝えよう。あさってこそは「やめます」ってちゃんといわないとだめ。いえるのかどうか、自信はないけど……。

いつか(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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4月29日のアレ -連作・その3- [Story: 3]

三 喫茶店

 日曜の午後四時すぎ、窓から差しこむ西日に右の頬を焼かれながら、彼は喫茶店のテーブルに旧友と向かい合っていた。
 それは高校時代の同級生で、といっても本当に同級であったのかどうか心許ないのであるが、ともかく昼過ぎの電話口にそう名乗った男はどこかで会って旧交をあたためることを提案し、では都合がいいのはいつなのかと彼が尋ねたところ「これからはどうだ」といった次第。
「しかし、おまえは出世したよなあ。ほんと、同窓生のなかでは一番じゃないか」
 同級生はしきりに彼をおだてるのであった。
「そんなことはないさ。おまえみたいに普通に会社いったり、現場で働いたり、そういう人たちを見ると頭がさがる。おれの仕事なんて虚しいもんさ」
「おいおい、日本のヒチコックがなに云ってんだよ」
 彼はふと窓の外を見た。買い物帰りだろうか、家族連れが通りかかる。母親はひとりでさっさと先を行き、遅れて歩く父親に肩車されている幼い男児は、どこか不機嫌に見えた。玩具ほしさに駄々をこねて、父親は息子の味方に……。
 苦笑いを悟られぬよう、窓へと顔を向けたままコーヒーをすすった。目につくものすべてに物語を付与することが癖になっていた。気がついたときにはすでにそうであったし、それが人情の自然と考えていた。とはいえ若い時分には、より尖った妄想が彼の心を捉えて放さなかった。そうした思念をスクリーンに投射することで、彼はいつしかヒチコックと冠されるようになっていた。もう二十余年も前のことだった。
「やめてくれよ。それはもう、おれにはふさわしくないさ」
「謙遜するなって。新作よかったぞ。なんていうか、内面の描写に深みが増したって感じだな」
 そりゃどうもの意味をこめて彼はうなずいた。こいつは観てないな、と思った。配給会社お抱えの評論家が同じことを云っていた。
 みずからの知覚はけして鈍ることなく、鋭敏なままでありつづける。そう信じて疑うことはなかった。限界は、しかし放たれし矢のごとく訪れた。撮影技術や新奇な出演者に逃げ道を求めたことも一度や二度ではなかったが、それもいずれ手詰まりとなった。六年ぶりの作品について、市井は凡庸と断じていることを知らぬ彼ではなかった。
「ところで、急に話が変わって申し訳ないんだが」
 同級生はにこやかにつづけた。
「今度、衆議院選挙があるじゃないか。おまえは決まった支持政党とか候補者とかあるのか?」
「いや、とくに決まってはいない」
 そういえば投票に行ったことないな、と彼は思っていた。
「そうか。実はおまえの選挙区にNという候補がいるんだが、知っているか?」
「ああ、女性の候補だろ? 近所に事務所が……」
 数十年にわたり音信不通であった同級生を電話へと駆り立てた事情を、彼は悟った。
「そうなんだ。あの選挙区は激戦が予想されているんだが、Nは初めての出馬で知名度が低い。そこで、もし迷惑でなかったら、おまえにNの応援をお願いしたいんだ」
 同級生はあくまでもにこやかに、しかし自信に満ちあふれた表情で云った。断られるかもしれぬという不安など、微塵も感じていないかのようであった。
 こいつは信じている。おれとは違うなにかを信じている。そう感じると、うらやましいとさえ思うのであった。彼はみずからの感性を信じていた。みずからの感性がすべてであると信じていた。今はしかし、みずからへの信仰を支える足場は瓦解していた。
「どうだろう? おまえの映画には女性のファンも多いし、おまえが応援してくれたら若い人も選挙に関心を持つだろう。Nは確実に勝てるんだがなあ」
 そう云うと、熱心な信徒は音をたててコーヒーをすすった。気がつけば、喫茶店にはふたりが残されるだけになっていた。

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4月27日のアレ -連作・その2- [Story: 3]

 劇場
 
 日本のヒチコックなどと称される監督の記念すべき十作目にして、まれに見る凡庸さはいったいどうしたものか。ひとりの観客でしかない彼ですら、戸惑いを覚えずにはいられなかった。劇場のシートに安穏と座している一分一秒ごとに、なにか大事なものを失っていくような気がしていた。彼はこっそりと腕時計を見た。蓄光塗料によってささやかに照らし出された文字盤は、あと一時間もそのままの姿勢で耐えることを彼に強いていた。
 彼の二段ないし三段ほど後列に座るのは、おそらく若いカップルなのであろうが、ふたりは幕が開いてからこのかた、ひっきりなしに会話をつづけているのであった。男は凡庸な話の先を推理することによってみずからの有能さを誇示し、それはまるで孔雀のオスが羽をひろげてメスの気を引くようなものであったが、陳腐な推理が的中するたびに女はわざとらしく狂喜してみせ、男をますますオスにしていく共犯関係にあった。
 それらの声を背中に聞きながら、彼は腹を立てていた。公共の福祉を尊重できない二羽に対する怒りというよりもむしろ、あのオスにすら容易に先を読まれてしまう程度の作品に対するやるせない嫌気であった。
「んで、あのデニムの男がそろそろ殺される」
「うそ? なんで?」
「なんつーの、金銭トラブル?」
「あー、難しい言葉よくわかんない。あれは、凶器は?」
「レンガ」
 そこで女はコーラ臭い息をブッと吹きだした。
「バカじゃねーの。どっからレンガでてくんだよ?」
「っせーな、バカはてめえだろ。駅のところでチラッと映ってただろうがよ」
 はたしてデニムの男はレンガで撲殺された。ホテルの一室に逃げ惑う男の後頭部から飛び散った血糊がレンズに染みを残すことすら、彼には目新しいとは感じられなかった。
 やがて劇場内に明かりが灯り、まばらな客は三々五々に新鮮な空気を求めて出口へと立ち行く。彼は後席のカップルが通路を歩きはじめたことを認めるとおもむろに立ちあがり、ふたりの背後にすり寄った。
「あの、すみません」
 彼が声をかけると、この世のものとは思えぬほどに間の抜けた表情でふたりは振り返る。
「んだよ?」
「前のほうの席で、あなたの推理を聞かせていただいた者ですが」
 ふたりは間抜けた面を見合わせて、なにやらヒソヒソとつぶやいた。やばくない、という女の言葉だけが聞き取れたが、彼はかまわずにつづけた。
「よほどそういった推理がお好きなのだろうと思いまして、それで、あなたにひとつ問題を出してみたいと思うのですが、いかがでしょう?」
「はあ? なに云ってんのか全然わかんねー」
「ぼくはこれから人をあやめます。さあ、その凶器と動機を当ててみてください」
 男の耳元で女が「あやめるってなに?」とつぶやき、男は「知らねーよ」と吐き捨てた。
 彼はジーンズのポケットに手をつっこむと、体温で温まったそれを指先に感じ、手のひらに握りしめた。そして、自分の思い描く筋書きも凡庸の域を脱してはいまいと感じていた。

 

the way (写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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4月25日のアレ -連作・その1- [Story: 3]

 駅前

 駅前の路上で詩を売る彼女にとって、天気はつねに大きな気がかりのひとつだった。彼女は青天をあまり好まなかった。というのも目に見えぬ光線が人体に悪影響をおよぼすらしいことを、ダンボールによって身を守る初老の婦人に教わっていたからであり、紫外線とは雲を透過して地表に降りそそぐなにかであることを知らぬ彼女にとって、曇天は歓喜の種だった。曇りがちの日には駅前を行く人の足も目に見えて減少するが、青天に比すればどうってことはなかった。
 駅前の路上で詩を売る彼女にとって、詩の内容はさして問題にならなかった。路上の天敵でもある派手なジャンパー姿の若い女性からひったくったコンタクトレンズのチラシの裏に「目の毒」とボールペンで書きなぐり、一万円で売るような毎日だった。まれに足をとめる人も、そんな彼女の作品に失笑することがしばしばであったけれど、彼女は気にも留めていないようだった。問題は天気であった。
 駅前の路上で詩を売る彼女は、しかし詩が売れるかどうかについてまるで無頓着であった。それというのも詩の内容に無頓着であったからなのであるが、ある日、デニムジャケットの男が彼女の前にかがみこみ、風で飛ばぬように重し代わりとしていたレンガをどけて白い紙片をつまみあげた、その段に至ると彼女の胸は高鳴った。
「これはいいね。実にいい作品だ。きみの内面にある高貴な部分がいかんなくあらわれているよ」
 その紙片はコンビニでおにぎりや筆ペンを購入した証のレシートであり、商品名や金額が印字された面に「私は上様」と走り書きした一片だった。
「これはいくらかな?」
「……五千円」
「それは安い」と男はいかにも驚いたふうにして見せた。「それにきみはとてもいい声をしているね。どうかな、二万円だすからきみの奥底に流れるポエムをぼくだけにもっと見せてくれないかな?」
 そう云って男は駅から西のほうへとつづく路地をさりげなく指さした。彼女は、しかしためらった。ダンボールのすきまから世を厭う初老の婦人に、その方角は汚れていると聞かされていた。一度汚れたらあたしのようになるしかないよと婦人は云った。
「きみのような才能には安すぎるかもしれないな……」そこで男は自分の財布を思ったかもしれない。「じゃあ、この詩の代金とあわせて二万五千円でどうかな?」
 それでも渋る彼女を前にして、男は泣き落としにも似た心境でつづけた。
「今日は天気もよくないし、このままここに座っていてもあまり人は通らないと思うがなあ」
 彼女が見あげた空はどこまでも厚い黒雲に覆われ、北西へと消えていくカラスの翼もきらめくことはない。汚れた路地は白いキャンバス地のスニーカーを煤けさせてしまうかもしれないが、青天に比すればどうってことはなかった。
 駅前の路上で詩を売る彼女は立ちあがると「ありがとう」とつぶやいた。曇天に、白いレシートが舞っていた。

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