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3月26日のアレ -彼女のきっかけ・20- [Story: 2]

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エピローグ

 いつもの昼休み。石油ストーブのまわりを占拠していた女子が、にわかに色めき立った。その様子から、コバちゃんが7組の教室を訪れたことをぼくは知った。バレーボール部の仲間に用事があるらしい。ただでさえ騒がしい教室に、妙な華やぎが加味される。
 こんなことじゃ、集中なんてできやしない。
 とはいえ、窓のすきまから吹きこむ寒風に震えつつ、ぼくがひとりでやきもきしている原因を、コバちゃんひとりの存在に帰するわけにはいかなかった。
 ぼくは校内報の原稿のため、小さなマス目と対峙していた。広報委員のぼくが筆をとるべきものではなく、もともと岡崎という男子に依頼していたのだ。ところが締め切りの前日、つまり昨日の夕方に、足の骨折で入院してしまった。部活動中のアクシデント、という話だったけれど、岡崎は囲碁・将棋部だ。まったく、どうなっているのか……。
 残り時間を考えると、あらためてだれかに依頼する余裕はなく、ぼくがペンをとるしかなかった。テーマは「中学校生活について不満に思うこと」で、けして書きにくいものではないけれど、あまりに本音を書きすぎるとボツになってしまう。いろいろ考えたあげく、目の前の定期試験や先に見えてきた高校受験といったプレッシャーで、生活にゆとりを感じられない、もっとゆとりがほしい、なんて当時の文部官僚に読ませたら狂喜しそうな一文にまとめようとしていた。
 が、どうにも最後の一文が決まらない。
 原稿用紙から目をあげると、その先に山岸の姿があった。ストーブに両手をかざし、となりにいる清野と談笑している。教室の入り口に立つコバちゃんに背を向けてはいるけれど、意識はコバちゃんと向かいあっていることが、なんとなくわかる。姿勢でわかる。
 ぼくは大きくため息をつくと、シャープペンをふるった。
『ゆとりある生活を送り、ぼくも素敵な恋をしたいです』
 あわてて消したおかげで、用紙の左すみがクシャクシャになった。なにを書いてるんだ。時計を見ると、たっぷりあるような気がしていた昼休みも、残り15分ほどになっていた。締め切りは放課後だけど、提出前に、戸波先生にチェックしてもらう必要がある。昼休み中に、なんとかそこまでこぎつけたい。
『今日できることは今日中にやるようにして、自分でもゆとりある生活を心がけたいと思います』
 うん、可もなく不可もなく。
 席を立つと、コバちゃんを避けるように後ろの戸から廊下に出た。とたんに冷え冷えした空気が肌をさし、紙を持たない左手をあわててポケットにつっこむ。
 家並みや街路樹が白くなりはじめると、コバちゃんは学ランの下に黒いセーターを着て、その長い袖をダランと伸ばし手袋のようにしていた(裕木奈江のごとく、といえば伝わるだろうか)。それはすぐにバレー部公認のスタイルとなり、一週間もすると2年生全体に広まりつつあった。もちろん、ぼくはコバちゃんの真似をしない。
 職員室までたどりつくと、戸を少しだけ開けて頭をつっこみ、戸波先生の席をさがした。美容院いらずのパーマはすぐに見つかるものの、先生はどこかの女子と歓談の最中だった。顧問を務める吹奏楽部の生徒だろうか。この場で原稿をチェックしてもらおうと思っていたけれど、そういうわけにもいかないらしい。でも、手渡すだけなら話の邪魔にはならないだろう。
 ぼくはあらためて「失礼します」とつぶやくと、職員室に入った。空気がモヤッとしている。季節を問わず、いつもこんな感じだ。と、そのとき、戸波先生がなにかおもしろいことを口にしたらしく、椅子を並べる女子が大げさに笑い、その横顔がちらりと見えた。
 その瞬間、ぼくは無意識に顔を背けていた。
 田中凛子だった。
 結局、ぼくは原稿を渡すことを諦めて、ポケットに手をつっこみ背を丸めて教室まで戻った。ぼくの文章はどうなったものか、記憶が定かではない。校内報には載ったはずだけど、自分でも読まなかったのだろう。
 もしかして、田中の好きな人というのは……。いや、それではこの物語がハッピーエンドになってしまう。それは認められない。ぜったいに、認められない。

  おわり

その先(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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3月25日のアレ -彼女のきっかけ・19- [Story: 2]

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 その流れにはだれも抗えないと思っていた。へたに逆らってボートを転覆させるより、それが不本意でも、流れに従うほうが賢明というものだ。
 でも、本当に無理なの?
 清野と山岸は、自分たちが端から諦めていたことに気づいたのだ。そこにどんなきっかけがあったのか、ぼくにはわからない。ともかく、あの道徳の時間に、ふたりは逆らえない波へと果敢に挑んだ。そして、やってのけた。
 それは、わずかな変化でしかなかったかもしれない。が、どんなに小さくとも、変化であることにちがいはなかった。
 そしてふたりの挑戦は、あらたな流れを生み出した。
 休み時間ともなると、田中や瀬川を取り巻いては戸波先生への罵詈雑言に華を咲かせていた女子の数が、火曜日には目に見えて減っていた。ふたりから離れても、彼女らにはもとよりのパーティがあるのだから、居場所を失うことはなかった。
 先生に接する態度も、徐々にではあるけれど、しかし確実に軟化していた。つい昨日までは、先生が横を通りかかると必死に息をとめるパフォーマンスを披露していた女子が、今日になると「この図形の面積なんですけど……」と教卓まで出向き質問をしている。窓の外ではこれから雪化粧を迎えんとするこの季節に、2年7組の教室では雪解けがはじまっていた。
 そんな季節に最後まで抵抗を示したのは、やはり、田中凛子と瀬川悠のふたりだった。
 もともとパーティを持たなかったふたりには、ほかに行く場所がなかったこともあるだろう。でも、明らかに潮の流れが変わってもなお、ふたりを突き動かしつづけた原動力は、人一倍に強く抱いたプライドだったのではあるまいか。
 金曜日だったろうか。久しぶりに教室に顔を出した渡辺香織は、様変わりした7組の人間模様を(男子から)聞くと、いかにもおかしそうに笑った。そして、もとより仲の良かった瀬川に近づいて、ピシャリと云った。
「もう、やめたら」
 それが瀬川にとってのきっかけだった。幸い、なのかどうか知らないけれど、男子がその身元を引き受けることとなり、かろうじて居場所を確保することはできた。
 そんなきっかけを見出せず、また男子からも憎まれていた田中は、ついに最後のひとりとなった。それでも、戸波先生への態度を変えることはなく、ひたすら無視を決めこんでいた。〈被害者〉とでもいうべきぼくからしても、彼女の姿はまるで正義感の欠如したドンキホーテのように見えて、ひたぶる哀れだった。ぼくがマザコン呼ばわりされたとき同様、田中もけして欠席しなかったのだから、やはり彼女なりに意地とプライドをかけていたのだろう。
 山岸の言葉を、何度も思いかえした。
「凛子ってさ、しげのこと好きなんじゃないかなって」
 もしもそうだとしたら、無益なことをやめさせる、彼女にとってのきっかけとして、ぼくは最有力候補のはずだ。でも、山岸の仮定を認めることは、どうしてもできなかった。それに、あのときのぼくは、最後尾の席から田中の醜態をながめては(ざまあみろ)と思っていたフシもある。だから、彼女の猫背を見つめる以外には、なにもしなかった。
 そして、田中凛子のリベンジは終わった。
 あたかも潮が引いたように、彼女のまわりにはだれもいなくなった。かわいそうだと思うことはあっても、もう田中とは関わりたくない気持ちは、7組のだれにも共通していた。本人のいる前で、ある男子が当てつけるように云った。「こういうのが自業自得だよな」と。
 しかし。自業自得とは、みずからの悪いおこないに対する報いを自身で受ける、という意味のはずだ。つまり、田中の今おかれている状況が悪いものであるならば、たしかに自業自得は成り立つ。
 でも、田中は本当に不幸だろうか?
 わからない。はじめから終わりまで、結局、ぼくにはなにもわからなかった。そんな気がする。ぼくはただ、彼女たちの背中をじっと見つめていただけなのかもしれない。

  つづく(明日は最終回、校舎が大爆発します)

 

 

銀座(写真イメージです。本文とは関係ありません)


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3月24日のアレ -彼女のきっかけ・18- [Story: 2]

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 クラスというものを、海にたとえることができるだろうか。
 海原に投げ出される生徒には、それぞれに机という名の小さなボートがあたえられる。そこが、彼/彼女の居場所であり、生命線になる。だから、だれもが必死になってボートにしがみつく。
 どれだけ穏やかに見える海にも、潮の流れは必ず存在する。あるボートはうまく流れに乗るだろう。あるボートはわが道を行くため、潮流に逆らおうとする。そして、流れを読むことができずに転覆するボートも、やはりある。
 ところで、海とはいっても、そこは教室という名の小さな海だ。あるボートの航跡が、潮流とは関係なく、あらたな流れを生み出すこともある。小さな海に浮かぶ、小さなボートは、そうした小さな流れの影響をも受けずにはいられない。あるボートは流れに乗り、あるボートは日和見を決めこみ、またあるボートは果敢に逆らおうとする。一艘また一艘と流れに巻きこまれていくうち、はじめは微弱であった流れが次第にうねりを増して、ついにはもとよりの潮流を凌駕する。
 そのように〈つくられた〉流れは、しかし畢竟、時間の経過とともに衰えゆくものだ。そして、海はまた以前の穏やかさをとりもどす。
 土曜日のうららかな陽気が偽りであったかのごとく、日曜から急に冷えこんで、冬の訪れをいよいよ肌に感じる月曜日だった。2時間目は道徳で、ぼくは覚めきらない頭を両手で抱えながら、副読本の嘘くさい表紙を見つめていた。ぼくらよりも幼く見える少年と少女が、アルプスのような高原にならんですわり、笑顔で語らっているイラスト。こいつらはちゃんと学校に通っているのだろうか、こいつらは同級生だろうか、同じクラスにはいったいどんなやつがいるだろう……。
 授業がはじまっても騒がしいままの教室を、戸波先生が一喝する。と、待ってましたとばかりに「そっちのほうがうるさいです」と瀬川がトゲトゲしい声を張りあげ、何人かの女子が同調してみせる。
 観念したような表情を浮かべた先生は、大きく息を吐くと、テキストを開くようにと指示した。それでも、教卓に背を向けて片岡と談笑する女子がいる。
「田中さん、前を向きなさい」
 戸波先生がかなり強い調子で発する言葉も、このころの田中凛子にはすでに届かなくなっていた。ぼくはテキストから目をあげる。のっぺりとした田中の顔は、どこか嬉々としているように見えた。
「じゃあ、清野さん、読んでください」
 清野が、戸波先生の指名を受ける。いつもの清野なら、じっとうつむき、なにかを抱えこむように背を丸めて、再度「清野さん、読んでください」と指示されるまで黙りこむ。山岸もそうだ。そうやって、ふたりはボートにしがみついてきた。
「はい」
 そう応じた清野が椅子から立ちあがるまで、ものの数秒とかからなかっただろう。テキストを読む声も、以前のようにボソボソとしたものではない。
 そのとき、7組にいただれもが変化を感じたらしく、騒がしかった教室がしんと静まりかえり、清野が朗読する道徳的なお話に耳をすませた。いや、テキストの内容に思いをはせる者はいなかっただろう。だれもがひとつの事柄を、それぞれの立場で、考えていたはずだ。
「はい、そこまででいいです。ありがとう。つづきを……山岸さん、読んでください」
 すると山岸もまた、すぐに起立し、明瞭な声でつづきを読みはじめる。ふたりの態度に、もはや、ためらいはない。
 上目で盗み見ると、田中はいまだ片岡のほうを向いて、つまらなそうな顔を晒している。そして、ぼくは気がついた。平然を装う田中の右足が、小刻みなビートを刻んでいることに。

   つづく

水木ワールド(写真イメージです。本文とは関係ありません)


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3月23日のアレ -彼女のきっかけ・17- [Story: 2]

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 冬じたくの季節にはふさわしからぬ、風のないうららかな陽気で、海辺にいるとはとても思えなかった。
 ぼくと山岸は、ひんやりするコンクリートにしゃがみこむようにすわって、しばらく、じっと海を見つめていた。ふたりのあいだにぽっかりと空いた50センチほどの間には、清野や山岸がすぐ横の席に腕組みする田中とのあいだで繰り広げる不可視のせめぎあいに似て、さまざまな逡巡や葛藤、そして羞恥が混在していた。
「ウチらのクラスってさ、どっかおかしいのかな?」
 足元に目を落とした山岸がつぶやいた。
 「クラスが、じゃないと思うけどな……」
 ぼくの云わんとしたことが伝わったのか、山岸はかすかに笑った、ように見えた。
 戸波先生に指名されて、少しうつむき、なにかをじっと耐えているような、そんな清野や山岸の戸惑う背中を、ぼくは最後列の席から見つめていた。田中や瀬川のはじめたことがまちがっているかどうかなんて、そんな〈道徳〉はささいな問題でしかない。清野も山岸も、それはやりたくない、ただそれだけだったはずだ。
 寄せてはかえす波の音を聞いていると心が落ち着くのは、いったいなぜだろう。
「あのね、これは私が勝手にそう思っている、ってだけの話だから、あんまり気にしないでほしいんだけど……」
 そう前置きした山岸は、足元にうずまっている黄色いものが気になったらしく、手で砂を掘りかえしはじめた。
「凛子ってさ、しげのこと好きなんじゃないかなって」
 とたんに波の音が大きくなったような気がして、ボリュームのつまみを探そうとした。
「勘弁してくれよ……それはない。ぜったいないって。あるわけねえ」
 ぼくは必死に否定しながら、両手で髪をかきむしった。そんなの悪夢だ。
「いや、ほんとにわかんないんだよ。私が勝手にそう思ってるだけなんだから」と、あわてたように云うと、山岸は急にまじめな顔を見せる。「でもさ、凛子ってあんまり器用じゃないし、ほら、好きな人の前だと逆にいじわるしちゃう人とかいるじゃん」
 マザコンのことか、と思う。そういえば、あのとき田中の態度に悪意は感じられなかったような……。だからこそやっかいだった、とも云えるのだけど。
「てことはさ……かりにそうだとして、じゃあ田中が今やってることは、なんていうか、おれに拒否されたことの腹いせ……?」
 山岸はあいまいに笑った。
「かもしれないし、もしかすると、そうやってしげの気を引こうとしているのかもしれないし。わかんないけどね」
 まったく思いもよらないことだった。青天のヘキレキとはこういう場合に使う表現だろうか。田中がぼくのことを……? 信じたくはないけれど、一連の行動に対するひとつの解釈ではある。もっとも、山岸の口からは聞きたくなかった。
 傾きかけた太陽が砂浜にふたつの細長い影を描き、その上をかすめるように海鳥の影が横切る。
「私、どうしたらいいのかな?」
 どうしたらいい。それはぼくだってだれかに尋ねたいことだった。
「無理すんなよ」
「ありがと」
 そうつぶやくと、山岸は黄色いものを引っぱりあげた。洗剤かなにかのボトルらしく、ハングルが記されている。
 山岸は「なんだ、こんなのか」と笑い、海に向かって放りなげた。波打ち際に音もなく落ちたボトルは、砂浜を洗う波に揺られて、いつまでも行ったり来たりを繰り返していた。

   つづく

砂の家(写真イメージです。本文とは関係ありません。)


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3月22日のアレ -彼女のきっかけ・16- [Story: 2]

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第11回第12回第13回第14回第15回


 玄関を出ると、ぼくは空を仰いだ。秋の蒼空はどこまでも高い。なぜそういうふうに見えるのか、理科の時間に教わったような記憶があるけれど、思い出せなかった。わからないほうが趣深い、そう納得することにした。
 遅れて玄関の闇から顔を出した山岸も、「やっぱ天気いいね」と、まぶしそうに目を細める。そういえば山岸は、この空の下でずっと走っていたのだ。そう思うと、少し日に焼けた彼女がとてもまぶしく感じられた。それに比べて、なまっちろいぼくは……。
「海、行かないか?」
 そんな言葉が口をついていた。
 ぼくらの中学校は文字どおり「海沿い」にあって、砂浜からは直線距離にして200メートルもなかったはずだ。校舎と浜のあいだには防砂林としての松林があって、林を縦断する小道を抜ければ、ものの数分で海が広がる。
「海って、今から?」
「うん、そんな寒くないし、天気いいし、まだ明るいし」
「まあ、いいけど」
 そう云って笑う山岸はさっさと歩きはじめて、ぼくはあわててその背中を追った。
 山岸の好きなやつ、だれだか知ってる? コバちゃんだってさ。
 だれから聞いた情報だったのか、すっかり忘れてしまった。たぶん去年の同級生だろう。少なからずショックだったけれど、コバちゃんならしょうがねえか、という気持ちのほうが強かった。
 コバちゃんこと小橋良太は、当時から身長が170センチ以上あって、しかもジャニーズ系の美男子だった。バレーボール部の主将で成績も優秀、明るくさわやかな性格。天はすべてを与えたのではないかと思うほど、とにかくカッコよかった。男子のぼくからしてそう思うのだから、女子の人気は相当なもので、同学年にとどまらず先輩たちにもファンが多かった。山岸が焦がれるのも無理はない。
 コバちゃんになくて、ぼくにあるもの。それはなんだ。
 必死になって考えたことがある。モビルスーツの開発史についてぼくは体系的に論じられる(今では忘れてしまった)。でも、ガンダムを見たこともない山岸をこちらに振り向かせるうえで、それがいったいどんな利点になる? 考えていくうちに、ふと思いついた。コバちゃんは平屋の借家に住んでいるけれど、ぼくは二階建ての持ち家に住んでいる。これはどうだ。
 恥ずかしくなった。
 親の資産比較して「ぼくのほうが」と思いついてしまった自分に、ほとほと嫌気がさした。生きている価値がないと思った。でも、死のうと思いたつ勇気もなかった。それ以来、コバちゃんに対しては(勝手に)負い目を感じるようにさえなり、クラスがちがうことだけが唯一の救いになっていた。
 結局、バレーのサーブを二分の一の確率でしか決められないぼくには、どうあがいたって勝ち目はないのだ。そんなふうに悟りきることができれば、どれだけ楽になれたことか。
 少し湿り気のある松の落ち葉を踏みしめ進むうち、次第に潮の香りが漂いはじめ、パッとひらけた視界には、足跡もまばらな秋の砂浜が広がっていた。犬の散歩をしているらしい人の姿がはるか遠くにかすんで見える以外には、だれもいない。ふと、プライベート・ビーチなんて言葉が頭に浮かぶものの、それにしては、手入れの行き届かないゴミだらけのビーチだった。
「そこにすわろっか?」
 山岸は半分ほどが砂に埋まったコンクリートのブロックを指さすと、ぼくの返事も聞かないうちに腰を落ち着けてしまう。砂に足をとられながらぎこちなく歩み寄るぼくは、だれもいないとわかっていても、だれかの視線を妙に意識しているのだった。

  つづく(今週中には終わる予定です。あくまで予定…)

 

春です(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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3月21日のアレ -彼女のきっかけ・15- [Story: 2]

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第11回第12回第13回第14回


 11月の中旬に位置する土曜日。ぼくは部活を休んで委員会の活動に励んでいた。
 どうしたわけかクズばかりが集まる卓球部のなかで、まごうことなきクズだったぼくは、どちらかといえば広報委員会の仕事が好きだった。部活に参加しても、どうせクズ仲間と連れ立って、屋上でエロ本をまわし読みするだけなのだから、それよりは原稿の校正をやっているほうが快い疲労と充実感が残る。
 昼からはじめた作業も、3時をまわるとさすがに能率が落ちてきて、ここ半時間は2組の委員との雑談に費やした。潮時を悟ったぼくは、わざとらしく「ちょっとトイレ」と云い残して視聴覚室をあとにすると、トイレを通りすぎ、そのまま教室まで向かった。
 鼻歌まじりで入り口まで行くと、薄暗い教室のすみっこにポツンと人影があって、どうやら着替えている最中のようだった。ふと目があった瞬間、ぼくは「うわっ」と云って、とっさに背を向けた。
「ごめん、ちょっと待って。すぐ終わるから……」
 教室から聞こえる山岸の声に「あー」とか「うー」とかあいまいに応えると、自分の内履きをじっと見つめた。こないだの書道の時間にこぼした墨汁が、つま先に地図のようなシミをつくっている。
「ごめん、もういいよ」
 その声を合図に、「あー、疲れたー」なんて平然を装いつつ、自分の席までぎこちなく歩いた。ぼくの知らない曲を鼻歌で奏でつつ、山岸は目が覚めるほど青いジャージを机に広げて丁寧にたたんでいる。
「部活だったの?」と、さりげなさを漂わせたいぼく。
「そう、見ればわかるでしょ」と、いつもの調子の山岸。
 西日の差しこむ教室で、あのとき、山岸のふたつ後ろの席に腰かけていたぼくは、かるく勃起していたことを否定しない。
 山岸由美とぼくは、小学5年生からずっと同じクラスだった。家が近いこともあり、小学生のときには同じ方向へ帰る男女5人か6人でワイワイやりながらいっしょに下校する仲だった。
 彼女は背が低く、少しぽっちゃりしていて、けして美形ではなかったけれど、笑ったときに顔をのぞかせる八重歯がとても魅力的だった。それほど運動が得意だとは思っていなかったから、中学で陸上部に入ったと聞いたときには意外な感じがした。
「しげは? 部活じゃないの?」
 ぼくの〈標準服〉に目をやりながら山岸はそう云った。
「うん、今日は委員会の仕事。部活は……」まだ活動しているはずだから、本来なら体育館に駆けつけるべきだ。「ま、いいんじゃねえの」
「しげって広報委員だよね? 広報ってさ、戸波先生が顧問……だっけ?」
「ああ、うん。そうだけど……」
 山岸がジャージをたたむ手を休めた。午後の教室にしばしの沈黙が訪れ、「シーン」という擬音が聞こえてくるようだった。遠くに野球部のかけ声が夢のごとく響き、窓の外を見やったぼくは、西日のまぶしさに思わず目を細めた。
「でもなんか、今日は午後から会議があるとかで、先生は来なかったなあ」
「そっか。忙しいんだ」
 意識的にずらした会話を契機に、教室の時間がまた流れはじめた。ぼくは思い出したように机のなかへと手をつっこみ、かき出した教科書やノートを黙々とリュックにつめこんでいく。
 山岸は、きれいにたたみこんだジャージをトートバッグに入れると、紺色のブレザーに袖を通しながらつぶやいた。
「帰る? ……いっしょに?」
「あ、うん、ちょっと待って……」
 なにしろ、すぐには立ちあがれない理由が、ぼくにはあった。

   つづく

 

 

青春限界線(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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3月20日のアレ -彼女のきっかけ・14- [Story: 2]

第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回

第11回第12回第13回


  一方、そのころの男子は、ふがいないにもほどがある体たらくを晒していた。少なくとも傍目には、そう映っていたはずだ。
 もともと、7組の主導権を握りつづけてきたのは女子だった。運動会、文化祭、合唱コンクール……ことあるごとに仕切るのは女子、云われるがままに右往左往するのは男子。気がつけばそうなっているのだから、2年7組にとってはそれが〈あるべき姿〉だったのだろう。
 とはいえ今度ばかりは、たとえ運動会のごとく「おまえら気合いれていけよ」と瀬川にハッパをかけられても、従順でいることはできなかったはずだ。たしかに戸波先生は熱くてウザかった。でも、けして悪人ではないし、憎むべき理由はなかった。そしてなにより、田中凛子は男子にとっての敵なのだ。その田中の敵が戸波先生である以上、敵の敵は味方。つまり、男子は戸波先生の側について当然だった。
 では、担任教師をサポートするために7組の男子がいかなる策を講じたかというと……女子が指名を無視するたびに(クソッ、あいつ屋上から落ちろ)と強く念じる活動をのぞけば、実際、なにもしなかった。なにもできなかった、というほうが正しいのかもしれない。ただ、云い訳がましくなるけれど、なにもしようとしなかったわけではない。
 だってさ、おれたちが力を貸して解決できても、それじゃあ先生、めちゃくちゃカッコ悪いじゃん。
 結局のところ、これは戸波先生の問題だ。クラス運営がまずかったのか、教師としての力量が不足していたのか、あるいは単に嫌われるタイプの人間だったのか、それはわからない。でも、いずれにせよ、これは戸波先生が自分で解決しなければならない問題だった。だから、ぼくらが憐憫の情をかけるなんて、担任との信義にもとる行為ですらある。ぼくらはそう考えていた。もっとも、自分たちで田中や瀬川をなんとかする発想が欠如していた点は、男子のふがいなさを端的に示しているのだけれど。
 孤立無援の戸波先生は、ひとりで、がんばっていた。
 授業でも、だれに当てると摩擦が大きいのか、だれに当てれば少しの我慢ですむのか、それをよくよくわかっていながら、戸波先生は自分のやり方を変えて生徒に媚びることをよしとしなかった。
 たとえばその日が20日ならば、名簿が20番の人に当てて、その人の席から順に前後へと当てていく。20番が田中の場合、名前を呼べども無視をされ、舌打ちをされ、ときには「うるせーな」と悪態をつかれ、たっぷり2分もかかってようやく立ちあがる田中は黒板の前に立っても先生が使ったチョークを手にしようとはせず、新しい一本を探すのにまた貴重な時間が費やされることをすべて承知のうえで、それでもいつもどおりのスタイルを貫き通した。
 考えてみれば、あれだけの逆風が吹き荒れているなかにあっても、先生はボヤくことも弱音を吐くこともなかった。一度だけ、男子が数人しかいない教室で「なんでこんなに嫌われるんだろう」とつぶやいたことがあったらしい。でも、女子に対して「なぜ?」と問うことはなかった。そう尋ねたら負けだということくらい、先生にもわかっていたにちがいない。
 無視されても、面と向かって蔑まれても、存在を拒絶されても、戸波先生は悲しい顔をけして見せなかった。だれもいないところでは涙していたかもしれないけれど、ともかく教室での戦いぶりは、国語辞典に載っているすべての賛辞を並べても足りないぐらいにすばらしかった。
 そんな戸波先生の孤軍奮闘も、そろそろ2週間を迎えようとしていた。

   つづく

偽物の誇り(写真イメージです。本文とは関係ありません)


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3月19日のアレ -彼女のきっかけ・13- [Story: 2]

 第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回第11回第12回


 田中の態度は、水曜日になると、より明確に立ちあらわれた。
 朝の会では、いくつかの配布物があった。戸波先生が順に名前を呼び、呼ばれた生徒は教卓まで取りにいく。そんな、いつもと変わらぬ2年7組の風景が広がっていた。彼女の名が挙がるまでは……。
「八木さん、それから田中さん」
 その瞬間、田中はたしかに舌打ちをした。そして、椅子にあさく腰かけた姿勢のまま、じっと腕組みをして、立ちあがろうともしなかった。教卓にひとつだけ残った茶封筒に気づいた戸波先生は、呼び忘れたとでも思ったのだろう、「おっ、すまん。田中さん」と再度の指名をした。田中はまた舌打ちすると、なんだかだるそうに首を左右に傾けて、やはり腰を浮かすそぶりも見せない。
 田中の異変を悟ったクラスが、にわかに騒がしくなった。あちこちで女子が顔を寄せあい、忍び笑いをもらしている。一方、事態を把握できない男子は、一様に当惑した表情を浮かべていた。
 戸波先生はザワつく教室を一喝すると、「田中さん、取りにきなさい」と語気を強めた。すると田中は、まるでふてくされた演技を研究中の劇団員のごとくゆっくりと席を立ち、腕組みしたまま教卓まで進むと、クラス中の視線に応えるかのように茶封筒をひったくる。その封筒を持つ手も、人差し指と親指の先でつまむようにする念の入れようだった。
 戸波先生が教室を出ていくと、10人ばかりの女子が田中の席のまわりを囲み、「やったじゃん」「凛子すごいよ」などと、彼女の行為を称賛する言葉を口々に並べたてた。その中心で得意満面の田中は、「この封筒、なんか臭いし気持ち悪い」と云って、ひったくったばかりの茶封筒を背中ごしに投げてみせた。ぼくは足元にひらりと舞い降りた封筒をぼんやり見つめつつ、あいつの行動はなんでいちいち芝居がかっているんだろう、と思った。
 この時点では、それでもまだ、田中の言動が突出しているだけだった。が、3時間目に瀬川の発した一言が多くの女子を同調へと駆り立てる決定打となったことに、疑いの余地はない。計算問題を黒板に書いて解くよう指名された瀬川は、戸波先生の目をまっすぐに見据えると、はっきりとこう云った。
「いやです」
 それから、戸波先生に対する7組・女子の態度はドミノ倒しのごとく変化した。田中や瀬川をならって積極的に先生を拒絶する者はそう多くなかったけれど、木曜日には女子の7割方がなんらかのかたちで、たとえば授業中に戸波先生がまわってくると息をとめたり、ノートを見られないように覆い隠したり、先生が机に手をつけば後でその部分を雑巾で拭ったりといった態度によって、ふたりに同調する姿勢を示していた。
 いや、指名されてもすぐに反応せず、数秒間をおいてからようやく応じるという態度にかぎれば、女子のほぼ全員に共通する〈流儀〉になりつつあった。田中と瀬川がやりはじめたことに違和感を覚える女子も確実にいた。でも、「自分を偽るべきではない、流されてはだめだ」なんてことを云う資格がだれにあっただろう。数秒の間とは、彼女たちがみずからの誠意を犠牲にしたうえで示すことのできる最低限の同調であり、言葉ではとうてい表現しえない葛藤や逡巡が、その数秒にこめられていたはずだ。
 ところで、「われ関せず」の態度を最後まで貫いた女子が、ひとりだけいた。渡辺香織だ。そのころの渡辺はすっかり大人びて、巻き髪に濃い口の化粧、そして当時にしてはずいぶん短いスカートで、クラスでは明らかに浮いていた。教室には頻繁に顔を出したけれど、話をするのはもっぱら男子で(○○先輩が□□中学のやつとタイマン張るらしい、といった話を聞くのが好きだった)、女子の入り組んだ人間関係には関心すら抱いていないようだった。幸か不幸か、彼女はすでに不健康な先輩たちと懇意にしていたから、クラスでの自分の居場所を気にする必要もなかったのだろう。戸波先生とは相変わらず楽しそうに話していたし、田中も瀬川も、そんな渡辺については無視を決めこんでいた。

   つづく

 

迷っても青空(写真イメージです。本文とは関係ありません)


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3月18日のアレ -彼女のきっかけ・12- [Story: 2]

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  7組の女子における戸波先生の人気は、もともと芳しくなかった。その要因は、やはりルックスにあったのだろう。ビン底めがねに天然パーマが、たとえばルナシーに熱をあげる多感な少女に、もてはやされるはずもなかった。
 とはいえ、ルックスばかりではなく、その人間性に嫌われた一因を求めることもできる。すでに述べたように、彼は実直な教師だった。まちがったことも曲がったこともせず、心底から教職を愛し、そして、はじめて担任した2年7組の生徒全員を愛していたはずだ。だからこそ、戸波先生は熱かった。むさくるしいほどに、熱かった。
 当時、男子の制服はいわゆる学ランで、〈標準マーク〉と呼ばれる小さなタグが裏に縫いつけられた〈標準服〉を着用する規則になっていた。が、不健康優良をきどる皆さんは〈標準〉から逸脱したもの、たとえば極端に丈が長かったり短かったりする学ラン、を好んだ。そして、不健康にあこがれる男子にとって、そうした〈変形服〉こそがあるべき制服だった。
 あるとき、戸波先生はこう宣言した。
「もしも君たちが変形服を着てこないと約束するなら、ぼくは今後、教室に来るときはぜったいにネクタイをしめてくると約束する」
 生徒の側はともかく、先生はたしかに公約を守りぬいた。夏休み中の補習ですら、もちろんクーラーなど完備されていない真夏の教室に、ネクタイをきっちりしめた姿であらわれた。保護者が泣いて喜びそうな熱心さも、しかし残念ながら、ぼくらにしてみればウザいだけだった(繰り返すが、当時「ウザい」という表現はなかった)。
 ややもすれば敬遠されがちだった田中と瀬川が、女子の各パーティにすんなりと受け入れられた背景には、戸波先生に対するそうした評価をクラス全体が共有していたことがあるだろう。つまり、ふたりは戸波先生を仮想敵に設定することで、7組の女子をまとめあげることに成功した。
 こむずかしく書いてしまったけれど、なんのことはない、ふたりは各パーティをめぐりながら、戸波先生をくさす罵詈雑言に口をきわめていたのだ。
「なんかさ、あいつって気持ち悪いよね。なに、あのめがね? 口とか臭いし。先生いっぱいいるのにさ、あいつが担任って最悪だよね」
 なるほど、そんな話を心おきなく聞かせてくれるのならば、どこのパーティだって一も二もなく受け入れるだろう。もとより聞く耳をもつ素地はできあがっていたのだから。もっとも、すべての女子がふたりの悪心に賛同したわけではなかった。でも、クラスの内に「戸波、憎し」の大きな潮流が生まれたとき、その流れに抗することなど、並大抵の精神ではかなわない。ぼくが女子だったとしても、きっと、波にのまれる選択をしたはずだ。
 そう、逆らう意思/意志をそいでしまうほどの流れをつくりだした時点で、田中と瀬川の先勝は決まっていたのかもしれない。

  つづく

写実(写真イメージです。本文とは関係ありません)


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3月17日のアレ -彼女のきっかけ・11- [Story: 2]

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 あの金曜日からしばらくのあいだ、田中が心身ともに沈んでいたおかげで、教室はすこぶる静かだった。とはいえ、傷が癒えるにしたがい田中の口数も増えていき、11月に入るころには、また〈あるべき〉彼女の姿に逆戻りして、少なからぬ同級生をがっかりさせた。
 ところで、その当時の2年7組における田中凛子とは、男子のみならず女子からも敬遠されがちな存在だった。なにしろ、彼女との会話を成立させるためには、すべてを彼女のペースに合わせなければならないのだから。たとえば、バレーボール選手の話題で盛りあがる女子グループに田中が割りこむと、いつのまにか田中ひとりがヤスユキについてしゃべりまくり、愛想笑いで応じるもともとのグループは霧散するがごとく一人ずつ抜けていく、そんなパターンができあがっていた。
 それでも田中が教室に居場所を確保できたのは、やはり、〈実力者〉たる瀬川悠と懇意にしていたからだろう。例の昼休みを契機として、ふたりの仲はますます深まっていた。もとより田中の聞き役だった女子は契約を解除され、田中と瀬川はいついかなるときも行動をともにしていた。
 一方でぼくは、田中と同じく、瀬川と視線を合わせることすらなくなっていた。あのとき、床にへたりこむ田中の前に立ちはだかり「なにすんだ」と云い放った瀬川の目を、ぼくは忘れることができない。若気の至りとはいえ、あんなやつに好意を寄せたこともある(小学生の)自分に腹が立った。
 今から思えば、田中という呪縛から解放されたぼくが一息ついているそのあいだにも、すでに〈次〉がはじまっていたのだ。
 ある日の休み時間に、ぼくはふと気がついた。いつもならふたりでいるはずの田中と瀬川が、それぞれ別のパーティに入りこんで談笑している。明くる日も、また明くる日も、ふたりは各パーティを精力的にまわっていた。いったいどんな話をしているものやら、もどかしさが募るほどに、まったくわからなかった。ただ、どこのパーティを見ても、田中と瀬川を中心に輪ができている。ふたりは敬遠されるどころか、むしろ楽しい話題を提供してくれるゲストのような扱いを受けているようだった。
 ふたりがなにかを企んでいることは明白だった。でも、いったいなにを……?
 火曜日だった。
 3時間目は数学で、もちろん戸波先生が担当していた。数学を大の苦手とするぼくは、そのときどんな単元を学習していたものやらまったく思い出せないのだけれど、あの時間に起きた小さな出来事については、今でも鮮明に覚えている。
 教科書の問題を各自で解いていた。その間、先生は机のあいだをめぐってアドバイスをしたり、ゴミを拾ったりしている。戸波先生が田中の机のわきを通った瞬間、机の横にかけてあった通学用のリュックに足がこすれて、シュッという音がして、ぼくはその音にふと目をあげた。ズボンの布地がかるく当たった程度で、机のあいだを歩けばそんなことは茶飯事だろう。
 戸波先生が通りすぎると、田中はおもむろに上体を横にそらして、ズボンがこすれたあたりをじっと見つめた。そして次の瞬間、体操着の砂を払いのけるかのごとく、バスンバスンと音をたててリュックを叩きはじめた。静かな教室に響きわたる打撃音と摩擦音、そして芝居がかってさえいる田中の手つきに、ぼくはただならぬものを感じた。
 そして、リベンジののろしはあがった。

  つづく

ちょいモテ(写真イメージです。本文とは関係ありません)


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