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6月22日のアレ -めちま- [Sports]

整いました!
首相官邸とかけまして、井森美幸のダンスと解きます
そのこころは
どちらもよくはれる(晴れる・貼れる)でしょう
うすっちです!


 本年を象徴する漢字一文字に「大相撲協会」が内定したらしい昨今、サッカー賭博にうつつをぬかす皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。日本×デンマーク戦の如何によって羽振りの良くなる/悪くなる人は、つまりそういうあれなのではないでしょうか。
 当ブログにおいて、なかば冗談、なかば本気で「大相撲なんてやめちまえ」と書いてきたのですが、このままいけば少なくとも現在のかたちで大相撲が存続することは難しい情勢に見えます。黒い世界との癒着というのはいまにはじまったことではなく、おそらくは相撲の歴史と同じくらいの関わりを有しているのではないかと思うのです。そして、知っている人はみんな知っていた。知っていたけれど、あえて口にする者はなかった。
 その「公然の秘密」が、なぜいまになって明かされたのか。なぜ明かされなければならなかったのか。
 世の中には「知らなければよかった」ことが往々にしてあるものですが、知ってしまったものは仕方ない。昔からそういうものだとして目をつぶるか、それとも正義感を丸出しにして癒着を断ち切るよう相撲協会に迫るか、はたまた次の巨人戦の勝敗にいくらか賭けてみるのか、それは有権者ひとりひとりの判断に委ねられているのです。


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6月11日のアレ -坂- [Sports]

 スキー板をはいてわざわざデコボコに仕立てた斜面を滑りおりる競技でいえば日本の第一人者と呼びうる上村愛子氏が結婚するそうな。お相手の方を私はよく存じ上げないのですが、同じくスポーツマンシップに則った方であるらしい。まずはおめでとうございます、ありがとうございます。
 好きな芸能人はと問われたら福原遥、好きなスポーツ選手はと問われたら上村愛子と答える、いたって無難な私ではありますれど、それはけして社交辞令というわけではなく、本当に好きなのです。まいんちゃん。
 女性のスポーツ選手で、少しばかりグッド・ルッキングとなると、どうしても人気が先行してしまう。庶民にとってテレビで見るスポーツとは、しょせん娯楽なのですから、これは仕方ないかもしれません。各競技団体もアイドル的人気にあやかって一儲け、などと目論んでいるフシはある。それでだれも損をしないのですから問題はないのですが、なかには人気が先行しすぎて残念な思いに駆られることもある。福原愛とかオグシオとか浅尾美和とか、たしかに一定以上の実力はあるのでしょうけれども、もっとわかりやすく「優勝」とか「連覇」とかしてほしいのが屁をこきながらテレビに向かう庶民の願いなわけです。
 その点、上村愛子は違います。美人であるうえに、実力を伴っている。しかも、テレビで見るかぎりにおいて、謙虚。日本人として、これは大事です。かつてこのブログでも書いたやもしれませんが、作家の石田衣良は荒川静香をして「アジアンビューティー」と呼びました。しかし本当のアジアンビューティーとは上村愛子のことです。だいたい、フィギュアスケートなんという鬼畜米英のおふざけにうつつをぬかすところから大東亜共栄圏的に違っています。
 よく知られているように、モーグルという競技は、弥生時代から日本に伝わる「モグル」という神事に端を発しています。当初は、土器を作るために土を採取しデコボコになった土地の神を鎮めるため、アンフェタミンを投与された若人が「ヒャッハー!」と奇声をあげながらそのデコボコを踏みならしていく儀式でしたが、やがてアンフェタミンが非合法化されたため、弥生時代中期には下火になりました。クスリがないといっこもおもしろいことないから。
 しかし弥生時代も後期に入り、画期的なことを思いつく若人があらわれます。平地でデコボコを踏みならしても、クスリ抜きではつまらない。でも、下り坂をデコボコにしてそこを駆けおりたら、アンフェタミンがなくてもアドレナリン出まくりなんじゃね? この発見をしたのが「モグル」という名の若人でした。ちなみに、一昨年に東京都文京区にて発掘されたモグルのものと思しき人骨は、シンナーでボロボロだったそうです。ただのジャンキーだったのですね。
 このように、そもそもモーグルと日本との結びつきは強いのですから、私たちはもっともっとまいんちゃんじゃなかった、上村愛子を応援していかねばならないのです。

のの.jpg

ふ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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10月27日のアレ -ダメカ- [Sports]

 もう、カメダカメダってうるさいよ!
 あ、失敬。つい本音を吐露してしまいました。ブログに本音を載せるだなんて、まったくもってクールとは云いがたい行為です。混沌とした電脳空間を無尽にさまよう未来のジプシーことブロガーたる者、慎み深くあらねばなりません。本当のこと、本当の気持ち、本当の都市伝説なんぞ書いてたまるかってんだ。
 とはいえ亀田。もういいじゃん、と心からそう思います。飽きた、というよりも、私は端からそれほど関心がないというほうが正しいのかもしれない。正味の話。たしかに反則はよろしくなかった、それはその通り。まがりなりにもボクシングはエンターテインメントではなく純粋なスポーツなのですから、ルールに則って正々堂々と勝負をせんければならない。
 とはいえ、純粋なスポーツであるはずのボクシングを「エンターテインメント」に仕立て上げ、煽り、それでガッポリ建設になったのはTBSであり、もしかするとボクシング協会や協栄ジムもそこに加担していたかもしれない。亀田一家とそれら「汚いオトナたち」はいわば共犯関係にあったわけです。で、そういったこととはまったく関係なく、ボクシングというスポーツに対してただただ純粋に取り組んできた内藤選手が、正々堂々と勝負を挑んで勝利した。素晴らしい物語ではありませんか。亀田一家という「ヒール」の役割と魅力を最大限に引き出すことに成功し、最終的には「勧善懲悪」が成立したのです。完璧。もういいじゃん。
 とはいえ、そうはならんのが世間様であり。どうやら、悪者の改心までをも見届けねば気が済まないらしい。せっかく物語がきれいに完結したのです。それでやめとけばいいのに、そのつづきを見たがる強欲。大ヒットした作品の続編は駄作というのが相場であるのに。それを知ってか知らずか、内藤選手は端から「もうやめようよ」の姿勢を貫いています。どんなに素晴らしいシナリオが用意されても、一作目を超えることはできないとわかっているのでしょう。まったく正しい。
 とはいえアウディ。あ、話が変わりますよ。ついてきてください。東京モーターショーにおいてサプライズ的に「メトロプロジェクト・クワトロ」なるものを発表したそうな。内燃機関と電気モーターのハイブリッドで、併用するとクワトロ(四駆)になるという中身の独自性もさることながら、外観が素晴らしい。ニュービートルが主人公の絵本に登場する「わるいくるま」といった風情がたまりません。このプロジェクトは将来的に発表される「A1」のコンセプト的な位置づけにもあるらしいのですが、できればこのまま発売してほしいものです。でも、このフロントに日本のナンバープレートをつけるとなると、ちょっとねえ……。

伊勢タン(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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8月29日のアレ -朝ショー- [Sports]

 こんばんは、大腸の働きが正常ではないうすたです。正常ではないというか、尋常ではない。タダモノではない。むしろ大腸がない。しょうがない。諦めちゃった。いろいろあるけど地球は回っていくよね。そうでないと皆既月食とかも起こらなくなってしまうし、そういえば神話の時代に生きていた人たちにとって日食とか月食は恐ろしい出来事だっただろうね。あの現象については今でこそ合理的な説明ができるけれども、かつては悪魔の仕業とか神の怒りとか、そうやって超自然的な説明でもってなんとか納得して、あとはひたすら祈るしかなかった。
 でもまあ、日食や月食の原因を初めて見抜いた人も、最初は信じられなかったんじゃないかな。まさかそんな能力を秘めていたとはねえ、エスパー伊東が……。


 そこで朝青龍。ついに帰国してしまいましたが、これでいいのでしょうか。朝青龍が精神的な病を患っているとして、その治療が必要であることに反論の余地はありません。しかし、「解離性障害」とは本当なのか。それが精神的なものである以上、証拠を見せろと迫ってもせんかたない。「専門家」がそういうのであれば、その言葉を信じる以外にはありません。
 とはいえ、「専門家」が「疲労骨折」と診断した腰を携えてサッカーに興じ、満面の笑みを浮かべていたのが朝青龍です。骨折にもさまざまな程度はあるでしょうけれども、それにしてもサッカーは可能で巡業はムリという道理はない。当然、「疲労骨折」の診断は虚偽だったのではないかと疑われますし、その点に関して相撲協会側はなんらの追究もフォローもしていません。精神的な病とは違い、骨折ならばレントゲン写真という明確な証拠が存在するわけですから、そこは確認するべきではないか。それとも、確認した上で「骨折したレントゲン写真」が存在しないためになんらの発表もできないのか。
 騒動の発端となった骨折についてさえ真偽がうやむやになっているのですから、解離性障害についても疑いの目が向けられて当然でしょう。だいたい、協会から処分を受けたのもすべて自分の責任ではないか。いざ旗色が悪くなると急に「病気」になるのは政治家の専売特許であったはず。政治家はみんな嘘つきですから、朝青龍もつまりは嘘つきってことです。
 なんだかんだと書いてきましたが、ぼくは横綱を応援しています。早くよくなって、また日本の土俵を沸かせてくださいね。地球温暖化

   

Got a ride 1.5(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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8月7日のアレ -サエコッシュ- [Sports]

夏の食卓ところてん
君がいなけりゃナンバーテン
世界の終わりはありません
醤油たらして召しあがれっ
かつ姿勢はアグレッシブ

 最後は韻も踏んでいないし、だいたいパクりだって? オマージュですよ、オマージュ。そのくらいの分別はつけてほしいものですネ。
 ところてんといえば、ダルビッシュの件。女性誌にヌードが掲載された途端にこれですか。マッチポンプですか。サエコに「アンアン」云わせたわけですか(ぅゎぁ)。そこはそれ、若いふたりですから抑えやら歯止めやらきかなくなることもありましょう。
 それにしたって、お互いにまだ二十歳。どうするんだ。どうにかなるのか。まあ、なるか。うん、なるよね。ダルビッシュもがんばってはるし。子どもが生まれたら、それはそれでまた励みにもなるやろし。お相手のサエコとかいうのんはよく知らんけれども、まあよう見たらベッピンさんやし、妊娠やらなんやらでケチがつくほどのご活躍も まだ今のところは されてはおらなんだようにお見受けするし、これを機に「スポーツ選手夫人」ジャンルへと参入し、料理レシピ本を出すもよし、どこぞのファッション誌の専属となり「ステキな奥様」を気取るもよし、はたまたシングルマザーのパンク歌手としてお互いに尊敬しあうギタリストと音楽性のすれちがいから口論となり暴行を受けるもよし、前途はひらけておりまするぞ! なんだこれ。
 いろいろ書いてきましたが、ようするに私は、幸せなふたりがうらやましいのです。それだけ。かつ姿勢はアグレッシブ!

atar(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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5月11日のアレ -ヒゲキ- [Sports]

 ガソリン価格もじわりと高騰する昨今、ドーハの悲劇からいまだ立ち直ることができずにいる皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。それはもう、幾年月前の話になりましょう。ただの蹴球的敗戦を「悲劇」などと、まるで「血の日曜日」のごとくに呼んだ端緒はそもどこのだれであったのか私には知る由もありませんが、たしかに、あの一件以降の世界は大きく変わりました。グローバル化の進展、インターネットの爆発的普及、ヘッジファンドの興亡、地域紛争の多発、広末涼子の奇行、エンロンの破綻、いわゆるBRICsの台頭、加護ちゃんの引退……そもそも、1993年あのときあの試合にて日本代表がイラク代表に敗れていなければ、それから10年後にはじまる米帝のイラク併合に日本国が加担することはなかった。多くの識者が指摘するとおり、自衛隊の派遣は小泉からブッシュへの貢ぎ物などではなく、ドーハの悲劇に対する日本国なりのレイドバックなのです。
 なぜいまさらドーハの悲劇をもちだしたのか、自分でもよくわかりません。しかし、私たちにはけして忘れてはいけないことがある。うん、えっ、たとえば? えっ? あの、トイレのあとは必ず水を流すとか……。

揺れる思い(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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4月13日のアレ -ウナイト- [Sports]

 本当は衣服の類をなるたけ身につけたくないのですが、社会生活を営むうえではそういう自分勝手も許されず、やむなく上半身だけはシャツやジャケットなどを着込むという妥協を余儀なくされているうすたです。そうはいっても、春には春の上着があるわけで、そういったものを店の窓越しにひやかす目的で久方ぶりに市街地の商業地区へと出向いてきたうすたです。
 衣服を商う店の数々をひやかすにつけて感ずることといえば、季節はもはや春ではないということ。すでに夏であるということ。そして、ギャル向けの店に季節はないということ。外が雪でもホットパンツとか気になっちゃう感じぃ? そして、早い人はもうスキニーなんて穿いてねえぞということ。下半身にお肉がおつきにおなりになられっしゃられて、なおかつ御足がお短くていられっしゃられる女性のスキニージーンズ姿はマニアックです。目を奪われる。
 ほんで、マニアックなうすたが買うたものといえば、マンチェスター・ユナイテッドの練習用シャツ(白)。旧モデルのせいで安くなっていました。Yシャツ着てネクタイ締めて、その上にサッカーシャツ。これがいいんです。本当は地元チームがいいのでしょうけれども、しかし、こん平師匠も全国をまわって「第二の故郷」と云いつづけたのですから、私にとってのマンチェスターとはいわば心の故郷、まだ見ぬ神秘、憧れの女体盛り、昔女、そういう存在になりました。もう昔のバカ殿を知る人も減ったのかなあ。ところで、マンUってどんな選手がいるの? リアム・ギャラガーとか?

ウンブロ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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3月27日のアレ -八百装置- [Sports]

 風邪っぽいものをひいたっぽいうすたっぽいですっぽい。熱っぽいはないのでインフルエンザっぽいではないっぽいですが、火照るカラダをどうしてくれよう。ホテルへ出向く用もないので、とりあえず夜風に当たったらノドが痛いよう。ほんで、タミフルはどこで入手できるって?



 スモウ。最強のヨコヅナがまさかの連敗という波乱で幕を開けた三月場所は、優勝決定戦にてオオゼキ白鵬がヨコヅナを下すこれまた大波乱で幕を閉じました。で、場所前に「八百長疑惑」を報じた『週刊現代』などは、これら波乱こそが「疑惑」に対する大相撲協会の答えだ、などと鬼の首をとったように書きたてる。まったくもっておもしろい。揉め事は大好きです。
 八百長が本当にあるのか否か、私には知る由もありません。あってもいいとは思うけれども、どうせならうまくやってほしい。朝青龍のキャラクターはあくまでもヒールなのであって、彼を唯一のヨコヅナとしておくのはどうだろう。たとえば大鵬のような正統派のヨコヅナがもう一人いて、二人が相対することによって互いの魅力が高められていくものではないか、本来は。そういった流れが自然に整えられることがもっとも好ましいけれども、それが無理ならば、国技としてのスモウを盛り上げる装置として八百長というシステムがあっても構わない、と私は思うのです。
 それにしても三月場所の終わり方はめっぽう興味深いものでした。千秋楽、二敗で迎えた白鵬は、同じく二敗で並ぶ朝青龍が腕組みで見守るなか、琴欧洲をすくい投げで退け、二敗を死守。あとがなくなったヨコヅナは、向かってきた千代大海に対して身をかわし、ヨコヅナらしからぬ「叩き込み」で勝ちをおさめる。そして優勝決定戦、向かってきた朝青龍を、今度は白鵬が叩き込みで「秒殺」し、優勝。なに、この因果応報。これほどあっけなく、かつ後味の悪い優勝決定戦など、そうそう見られるものではありません。がっぷり四つに組んで、五分もかけた大相撲の後に上手投げで辛くも勝利を手にするといった一番が大衆文学であるとすれば、感情移入の余地もなかった大阪場所の千秋楽は明らかに純文学でした。白鵬と朝青龍、どちらが主人公であったのかすら、よくわかりません。
 大相撲に、もしも八百長という装置が働いているのだとすれば、今回は誤作動であったとしか思えない。大衆が求めているのは、あくまでも大衆文学なのですから。誤作動の原因が『現代』の報道によるものであるのか、それとも……いずれ明らかになるのかもしれません。

み(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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8月20日のアレ -悔いの- [Sports]

 最上級の形容詞「クソ」がつくほど暑い真夏の昼に、発達途上の若人を炎天下のすり鉢型球技場に誘い出し、あろうことか無給で野球をやらせて、大人はその様をハナクソをほじりながら見物する高校野球選手権大会の件。本日は決勝戦であり、南北海道と西東京がシナリオのないドラマを繰り広げたそうな。結果は引き分け。明日にも再試合となるらしい。15回まで延長させておいて決着をつけないとは、いかにもひどい話です。サッカーのPK戦のごとく、ホームラン合戦でもやればいいのに。あるいは監督同士の野球拳(司会はもちろん欽ちゃん!)とか。
 スポーツに貴賎はないはず、であるのに、なぜ野球だけ優遇されているのかといった指摘は以前からあります。伝統、文化、風物詩……云い訳はさまざまあるでしょうけれども、朝日新聞社がスポンサーから降りたらば、ソッコーで衰退するのではあるまいか。あるいはどこぞのIT企業が引き継ぐのかもしれませんが、そうなればそうなったで昔からのファンは離れるだろうし。開会式でEXILEに一曲も歌われた日にゃあ、ねえ。
 もちろん選手たちはやりたくてやっているわけですから、別に同情する筋合いでもないのですが、それにしても真夏の日中に行われる試合はなんとかならないものか。もう少し涼しくなり、虫の音が聞こえはじめるまで待てないか。もしくはナイター。せっかく甲子園球場を占拠しているのですから、設備を十二分に生かさなければもったいない。ビール片手に観戦する客も増えるでしょうし、試合後には選手たちも飲みにいけるわけです。アクエリアスをな!
 さて、明日の再試合。どちらが勝つにせよさして興味はありませんが、どちらの選手にも悔いの残らないプレーをしてほしいものです。終わったあとの一杯はさぞかし旨いことでしょう。アクエリアスのな!

背を向け(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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8月4日のアレ -末路- [Sports]

 しかし亀田一家。良くも悪くも多勢の庶民の心を揺さぶり、5万を超える暇人をして興行を中継した放送局に苦情を云わしめた事実をかんがみれば、やはりなにがしかの魅力を備えていることには相違なかろうと思います。
 はじめて彼(ら)を目にしたとき、私は「こりゃあ、いよいよ本格的なヒールが登場しましたぞ」なんて軽く浮き足立ったものですが、その印象はすぐに覆されました。ヒールは日本語にすれば「悪役」と称されるように、悪い「役」を演じているという解釈になります。実際の(素の部分の)人間性はともかくとして、ヒーローをパイプ椅子でめった打ちにするとか目つぶしをするとかいった卑怯なマネは、あくまでも役柄として引き受けているのだ。見る側はそのように理解するからこそ、ヒールの存在を楽しめるわけです。
 で、ヒールの私生活は謎のベールに包まれていなければなりません。本当はイイ人であっても、それが丸見えではいけない。「道玄坂でおばあさんに道を教えていたらしいぜ」などと漏れ伝わってくるぐらいがちょうどいいのです。逆に本当は悪い人であった場合などは、「本当」の部分を見せてはならんのです、絶対に。観客が安心して興行を楽しめなくなるから。
 亀田一家、どうもあの姿を演じているわけではないらしい。あれが本来の姿なのですね。「悪役」を演じているわけではなく、「悪」なのです。私生活にやたらとカメラが入りこむおかげで、その事実が知れ渡った。だからこそ彼らをヒールとして、あるいはダークヒーローとして楽しむよりも、むしろアンチになる人が増えてしまったのでしょう。
 結局のところ、庶民による亀田一家の楽しみ方とは、いつ逮捕されるのか、その罪状はなにか、その余波はどこまで広がるのか、そこに尽きるのです。「悪」の末路はそれ以外にありません。

オン(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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