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4月17日のアレ -One shot...- [Emperor]

 愛子さまは学習院幼稚園に通っておられるらしい。ついこないだまで二足歩行もままならぬお姿を俗世に晒しておられたというのに、いつの間にか野原しんのすけとタメになってしまわれる。まこと由々しき事態です。
 紀子さまのご懐妊により、ひとまず「なかった」ことになった感のある女系・女帝の皇位継承論議ですが、さりとて「お家断絶」の危機が去ったわけではなく、単に先延ばしされたにすぎません。日々のせわしさにかまけて他人の家系がどうなろうとかまっちゃいられねえのが世間一般であり、小泉首相はそれをよくよく理解していたからこそ、女系・女帝天皇を認める方向で一気に畳みかけようとしたはずです。瞬間的には賛否両論が噴出するだろうけれども、決まってしまえば従順なのが(とくに日本の)一般大衆の特性、てなところでしょうか。
 よもや紀子さまのご懐妊があのタイミングで報じられるとは、変人首相も予期できなかったことでしょう。伝説の狙撃手ボブ・リー・スワガーの狙い澄ました一発のごときご懐妊。まさに 'One shot, one kill' ならぬ 'One shot, one birth'です。女系・女帝論は、その容認へと傾いていた世論もろとも吹き飛ばされてしまったわけで、その意味では 'one kill' だったかもしれません。あるいは、「女帝・愛子さま」の可能性を(とりあえず)摘んだという意味においても。
 たとえば今から30年後、皇室はどんな姿を見せているでしょう。めったなことは書けませんが、おそらくは、現皇太子が天皇の座に即位されているでしょう。そのとき、30代も半ばを迎えられた愛子さまは、いったいどこでどうされておられるのか。どんな身分で、どんな展望がひらけているのか。案外、皇位継承をどうするか、というテーマを新司会者のもとで朝まで喧喧諤諤やっているのがこの国らしいような気がしないでもないわけで。

チョーマー(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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2月25日のアレ -側室アルバム- [Emperor]

 本日早朝の『朝生』、テーマは「天皇」だったらしく。途中からCSの『攻殻機動隊』にチャンネルを切り替えたので、議論の行方はわからずじまいなのですが、いったいどんな結論に至ったのでしょう。激昂した宮崎哲弥が司会者に向かって「あなたは無知だよ!」と叫んだくだりがクライマックスと考えてよろしいか。
 番組の前半~中盤のみを見ての印象ですが、皇室典範改正に反対の立場の人々が苦しい議論を強いられていたように見受けられました。それは、「じゃあ女系天皇を認めずにどうするの?」と問われたとき、明確な案を打ち出せないことに起因するのだと思います。このまま男性・男系に固執すれば、いずれ皇位継承の有資格者が絶えてしまう。その危機に対処する「現実的」な方法が皇室典範を改正して女性・女系の天皇を認めること、なわけです。しかし改正に反対する側は、明確な対案を提示できなかった。
 そこで、この際ですから「側室を復活させればいいじゃん」と大きな声で云ってみるのはいかがでしょう。過去、そのようにして「万世一系」を貫いてきた伝統はあるわけですし、発言は自由です。側室案に私は反対ですが、賛成の国民もけして少なくはないはず。意外に多いかも。側室に入れてほしいと応募してくるグルーピーみたいな女性もいないことはないでしょう。男子を産まなければゴミのように捨てられることをきちんと理解した成人女性ならば、問題ありません。
 側室制度が復活した場合、日本は諸外国による非難の嵐に呑みこまれることでしょう。けれども、そこは「内政干渉だ」とつっぱねて「孤高」を貫けばいいのです。ついには国際的に孤立するやもしれませんが、それでも「万世一系」の天皇とは守らなければならないナニモノかなんでしょ、知らんけど。

お米券(写真はイメージです。本文とは関係ありません) 


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2月7日のアレ -狙いうち- [Emperor]

 紀子さま aka 秋篠宮妃が第三子をご懐妊された件。
 時まさに皇室典範を改正せんとする議論が高まるなか、かててくわえて国会の会期まっただなかにぶつけてくるこのタイミング、狙いうちとしか思えません。妊娠のタイミングはともかく、ご懐妊の情報がいま流れたことについては、なんらかの意図があったものと見てまちがいないでしょう。

 そのお子さまが、かりに男子であった場合、彼の皇位継承順位は皇太子・秋篠宮につづく第三位となります。ただし、皇室典範を改正し女性および女系の天皇を認めるということになれば、話はちがう。つまりランク圏外であった愛子さまが第二位にランクインするわけです。
 皇室典範の改正に反対する人々は、ご懐妊のニュースを受けてしきりに「改正を焦るべきではない」とか「じっくり議論して」などと語っています。いや、本日以前にもそう云っていたのならば、もしかするとこのニュースを予見していた可能性もある。ではどれくらい時間をかければいいという考えなのかといえば、おそらくそのお子さまの性別が判明するまで、ということになるのでしょう。もしも男子誕生ということになれば、改正反対派はいよいよ勢いを増してくるはずです。なにしろ皇室典範の改正へと(一部の)人々をつき動かしていたのは、男子のお世継ぎがいないという切迫した現状だったわけです。男子が誕生するということになれば、「いまそこにある危機」は回避し、とりあえず何十年かは問題を先送りできる。で、また危機が迫ったら、そのときにまた焦ると。

 このご時世、新たな生命が誕生するのは喜ばしいことです。しかし、三人目も女子であった場合、そのお子さまは非常にかわいそうなことになりはしないかと、私のようないやしい庶民が心痛めるところでもあります。私たちのだれかを不幸にするかもしれない天皇制、断念しませんか。

セナ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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11月25日のアレ -愛子様のご成長- [Emperor]

 たとえば片側二車線の道路を走ってて、こっちは左車線にいるとするじゃん。で、道路は渋滞してるわけさ。交差点にさしかかって直進した先も渋滞で詰まっている場合、交差点に入らないように手前で停まるじゃん。んで、歩行者用の信号が点滅しはじめて、無理かなと思っていると、先がツーッと動いて一台分くらいの余裕ができんだ。超ラッキーじゃんつってアクセル踏もうとするじゃんよ、ふつう。赤になる前に向こう側へ行きたいから。したら、右の車線をすごい勢いで走ってきた軽自動車がウインカーもつけずにスルッと車線変更して、そのちょうど空いた一台分のスペースに入りやがった本日、皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。


 女性天皇および女系天皇が是認される方向へと加速度を増しつつあるらしい昨今。認めるにせよ認めないにせよ、とにかく早く決めなければなりません。あなたがイヴをひとり寂しく過ごす言い訳を考えているまさにその間にも、愛子さまはすくすくとご成長あそばされておらっしゃられるのです。モノゴコロがつく以前から「How to be a Emperor」の教育を施すのが最善であったのかもしれませんが、それは不可能となった以上、できうるかぎりすみやかに教育をはじめなければなりません。かりに天皇にならないのだとしても、じゃあほったらかしでいいや、という話にはならないはず。
 女系の是非についても然りです。愛子さまとご学友の間に「お世継ぎ」が誕生という可能性だってなきにしもあらず。それが若干15歳だってんだから、まさに浅井雪乃(in 金八)を地で行く破天荒ぶり! 15歳なんてあっという間です。姪っ子を見ていると心底から実感しますよ。まあ、勝手に決定事項にしてしまったわけですが、そのお子様を(男子であれ女子であれ)次代の天皇として認めるのかどうか定まっていなければ、またぞろ同じ議論の繰り返しになりましょう。
 とはいえ、女性・女系天皇の容認に反対する意見も根強いそうですし、その気持ちも理解できます。なにしろ「万世一系」を標榜する伝統なのですから、有識者会議によるたったあれだけの、しかもほぼ「結論ありき」の議論をふまえただけでやすやすと変えてしまうのは、いくら世論の支持があったとしても納得できんところでしょう。伝統というのはしばしば「変わらないこと」にこそ意義が見出されるものであり、天皇制とはまさにその筆頭に数えられるのかもしれません。
 なんだかんだと書いていますが、皇族の皆様は自分の人生を自分で決めることができないわけです。一般人になったはずのサーヤですら、マスコミのために夫婦そろって「撮影会」に応じている。伝統という名のもとに同じ日本人に対してこんな不憫を強いる権利を、私たち国民は有しているのでしょうか。何度でも自分に問うてみたいと思います。

むいか(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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11月15日のアレ -恐縮させて- [Emperor]

 どこのチャンネルにひねってもサーヤのおやさしい笑顔に満ち溢れているものとばかり思っていたら特番やっているのがTBSだけだった本日のゴールデンタイム、皇居にて祝賀の記帳を済ませてきた臣民の皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。意外や意外、世の中は冷静なのですね。もっとも紀宮さまは皇族から抜けるわけで、それは諸手をあげてお喜び申し上げるべき事柄ではないのかもしれません。
 TBSが特番を組んだのも、もしかすると各局長が集まってジャンケンをして、それに負け残った「罰ゲーム」なのかもしれません。あるいはダチョウ倶楽部方式でしょうか。

NHK:「よし、こういうことはウチがやる」
フジ:「いやいや、ウチにまかせとけって」
TBS:「あ、それじゃあウチがやるけど」
NHK・フジ:「どうぞどうぞ」

 かつてTBSはダチョウ倶楽部の冠番組『つかみはOK』を流していましたから、こちらの可能性が高い。
 それにしてもNHKの7時のニュースはおもしろかった。結婚披露宴にご出席されたおふたり、つまりサーヤが高校2年生のときの担任教師と、中学の頃から習っているという日本舞踊の先生がゲストとしてさまざまな話をしていたのですが、後者の花柳錦勇なるババアが白眉でした。
 基本的には物腰やわらかで、さすがは舞踊の先生だけはあると感心させられたのですが、おそらくはバカ丁寧に話そうと無理をしたのでしょう。披露宴についてアナウンサーに尋ねられた際、こんなふうに云っちゃいました。

「私は本当に恐縮させていただきました」

 私は本当に飯粒を吹き出させていただきましたよ。なんでしょう、最大限の謙譲を表現しているのでしょうか。どう考えても乱れた日本語です。本当にありがとうございました。

RG(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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10月6日のアレ -いいのか女性天皇- [Emperor]

 小泉首相の私的諮問機関である「皇室典範に関する有識者会議」が、主な論点の検討を終えたそうな。で、11月末にまとめる最終報告では、女性・女系の天皇を容認する方向が示されるらしい。
 行為継承順位では天皇直系を優先する「第一子優先」「兄弟・姉妹間で男子優先」の二案を軸に調整するといった細かい点はともかく、女性天皇や母方だけに天皇の血筋を引く「女系天皇」を容認するという点が、ここでは重要でしょう。そもそもなんで有識者が集まってこんなことを検討せねばならなくなったのかといえば、雅子様がお世継ぎをお生みにならないからであり、それは天皇家の差し迫った危機を意味するからです。つまり、雅子様が -男子の- お世継ぎを生んでくだされば、こんなゴタゴタにはならなかった、と。
 愛子様を「お世継ぎ」にできるのかどうか、それを可及的すみやかに決定しなければならない。できるのならば、天皇になるための教育を一刻も早く施す必要がありますし、できないのならば、ではだれをお世継ぎにするのかという難題に一刻も早く結論を出す必要があります。いずれにしても、皇室なるものを大事に思う人々は一様に慌てふためいているのが現状でしょう。
 皇太子ご夫妻のお子ども様であられっしゃる愛子様が天皇になる。「万世一系」とか「家督相続」とか頭の固いことを抜きに考えるなら、それがもっとも通りのよい理屈であるのかもしれません。棚ボタ式に(というと語弊がありますが)容認されそうな女性天皇、でも本当にいいのでしょうか。
 女性・女系の天皇を認めるということは、少なくとも「万世一系」というフィクションを信じている人々からすれば、許しがたい暴挙です。それがどの時代に成立したものであれ伝統は伝統であり、天皇家はまさに伝統に則っているからこそ天皇家たりうる。男子が生まれないからといって早急に伝統を覆してしまうのは、いかがなものでしょう。皇太子殿下に「たまにはお外で遊んでいらっしゃいな」とは云えない時代背景を鑑みたとき、伝統を捻じ曲げてまで延命するよりは、潔くお家断絶を選ぶ。真の伝統とはそういうものではあるまいか。

 以前にも書きましたが、私は「消極的・天皇制廃止論」の立場をとっています。皇族の皆様は不憫であるという憐憫の情から「廃止すべき」と考えていますが、本当に彼ら彼女らが不幸であるのかどうかはわからないため「消極的」にならざるをえない。ともかくそんな私ですから、天皇制が少しでも長引かないように自然と願ってしまうのかもしれません。マイノリティの意見でした。

運命(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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4月7日のアレ -ハードなまでに- [Emperor]

 ヨハネ・パウロ2世が崩御されてからの混乱ぶりはどうでしょう。浦安ディズニーランドよりも一回り小さく、人口は1,000人にも満たないバチカン市国に、数十万人もの弔問者がつめかけているらしい。どっかのおっちゃんは「仕事を辞めて駆けつけたんだぞ」と怒鳴っていました。まさに信仰のなせる業です。
 だいたい、新法王を決めるコンクラーベだかタベクラーベだかの方式や、決定したときの周知の仕方について懇切丁寧に報道されても、大半の日本人にとっては雑学程度の意味しかありません。そんなことより、天皇家をどうするのか。昨今の日本人が心配するべきは、むしろお世継ぎの問題であると考えますが、いかがでしょう。


 たとえば英和辞典で「gay」という単語を引いてみると、「同性愛者」という一般的に使われる意味のほかに、「陽気な」「派手な」あるいは「快活な」といった形容詞も登場します。むしろ原語としては後者の意味なのですね。同性愛者たちがみずからを「ゲイ」と名乗り、元々の意味を読みかえていく作業についてD.ヘブディジが触れていたような気がしますが、なにしろ『サブカルチャー』は二度読んでもさっぱりわからなかったので、確証はありません。
 ともかく、ゲイとは「陽気な」存在です。すると、ハードゲイとは「ハード」なまでに「陽気な」存在と解釈できる。つまり、レイザーラモン住谷氏はすぐれてハードゲイなのですね。これを書きたかっただけなんですが。

来た道(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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1月27日のアレ [Emperor]

 私は天皇制に関して「消極的廃止論」の立場をとっている。なぜ廃止すべきと考えるのかといえば、皇族の皆さんが不憫だと思っているからです。
 一般的に、皇族の皆さんは日本人ではあるけれども日本国民ではない、という解釈がなされています。よって、国民が負うべき義務を免除されている。うらやましい。けれども、そのかわりに国民としての権利と自由を奪われてもいるわけです。職業選択、転居、(おそらく)結婚、等々。姓もない。そうしたものを埋め合わせるために立派な居宅や別荘、財産のたぐいを与えられていると考えることもできますが、しかし剥奪された自由をあがなうにじゅうぶんな財産であるとはとても云えません。なにより、自由はカネで売買できる何物かではない、というのが民主主義国家における了解事項ではないか。
 日本国憲法第十四条は「すべて国民は、法の下に平等」であることを謳っています。が、前述のように天皇および皇族は日本国民ではありませんから、「すべて国民」と平等に扱われることはありません。いわば特権階級です。
 何人(なんぴと)も生まれによる差別を受けないと定めた憲法を有する国民が、しかし「いや、皇族は特別だから」と云ってしまえることに私は違和感をおぼえます。そりゃあ、たしかに特別でしょう。なにしろ天皇家なのですから。でも、皇族を特別たらしめているのは、まさに国民なのです。ちなみに、憲法の堅持を謳いながらも天皇制には(基本的に)反対する社民党や日本共産党の立場が、私にはよくわかりません。彼ら/彼女らこそ率先して憲法の改正をうったえて、天皇に関する条項を削除する方向へと世論を盛りあげる役割を担うべきではないのか。それは無理だとわかっているのですかね。
 さて、私たち日本国民には、皇族に対して「特別」な地位にありつづけることを強いるだけの正当性があるのでしょうか。他人の自由を奪う権利を、私たちはほんとうに有しているのでしょうか。
 たしかに、皇族に生まれることによって生活は保障されます。革命でも起こらないかぎりは、一生パンに困ることもない。でも、たとえば愛子さまがもう少し成長されて、真剣に「自衛隊に入りたい」とお思いになられたとき、その夢はかなわないでしょう。イギリス王室ならばともかく、日本の皇族が国防軍に入隊することは諸般の事情から認められないはずです(たぶん)。いや、そんなありそうもない「自由」を想定しなくともいい。たとえば皇太子ご一家が「ふつうの生活」をお望みになられたとしても、なんら不思議ではありません。
 妊娠したのしないのというプライベートな事柄が新聞の一面をかざり、ご発言の枝葉末節が議論と憶測を呼ぶ。そんな生活、私だったらうんざりです。やめられるものならやめたいと願うでしょう。私が皇族の皆さんを不憫に思うのは、そういうことです。そして、その不憫な生活から解放することができるのは日本国の主権者、つまり日本国民でしかない。
 ただし、私は「消極的廃止論」に立つと書きました。消極的とは、皇族が(すべての、ではないにしても)国民にとっていまだ求められる存在である以上、声高に廃止をうったえることはできない、という意味でもあります。が、それと同時に、皇族を不憫に思う感情は私の想像にもとづくものにすぎないことを自覚している、という意味でもある。つまり、「皇族ってかわいそう」と私が勝手にご同情申し上げているだけであって、当の皇族の皆様は「どこの馬の骨だか見当もつかないネットオークションユーザーに同情されたくねえよ」とお思いになられているかもしれないのです。
 もっとも、たとえ皇族のどなたかが「皇族やめてえなあ」とお思いになられたとしても、そのぼやきをブログに書きこむ自由は認められていないはずです。そんな不憫を同じ日本人に強いる権利を、私たちはほんとうに有しているのかどうか、あるいは有していいのかどうか、明日のランチの席でお友達と議論してみてはいかがでしょうか。


兄は夜更けすぎに(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


1月26日のアレ [Emperor]

 昨日の話になりますが、小泉首相の私的諮問機関である「皇室典範に関する有識者会議」なるものが開催されたそうです。これは女性および女系の皇位継承について忌憚のない議論を展開する会議で、皇位継承の安定的な制度について今年の秋までに報告書をまとめるため、月に一度ずつ非公開の会議を重ねるのだとか。ご苦労なことです。
 現在の皇室典範によれば、皇位継承は男系男子にのみ認められている。ところが、このままでは近い将来にも継承者が不在になる可能性が高い。つまり、雅子妃が男子のお世継ぎをお産みにならなければそこで途絶えてしまうという、かなり現実的な脅威なのですね。どおりで話が早い。日本社会にとってより深刻な「現実的脅威」は数多く存在するはずですが、そんなことよりもまず皇位継承が優先されるわけです。
 昨今の議論をわかりやすくいえば、さしあたり愛子様を天皇にしていいのかどうか、という問題になりましょう。これが女性の皇位継承問題。そして、将来的に愛子様がお産みになられるお子様が天皇になっていいのかどうか。これが女系の皇位継承問題、となります。かりに愛子様が女子ひとり(のみ)をお産みになられた場合、女性・女系のどちらにもまたがる問題となってきますから、両者は切り離すことのできない問題なのですね。
 各種の世論調査によれば、国民の過半数は女性および女系の天皇を容認するとこたえているらしい。よくよく考えることもなく、「まあ、いいんじゃないの女性でも。なんつっても男女平等だし、男女共同ナントカ社会とかいうの目指してる国なんでしょ、日本は?」なんとする意見も世論調査にひっかかれば大きな一票としてカウントされます。先の「有識者会議」は、世論なるものをかなり意識すると明言していることでもあり、最終的には「どちらも可」という結論に丸くおさまるのではないでしょうか(会議は「結論ありきではない」と述べているそうですが)。
 ところで、私は天皇制に関して「消極的廃止論者」くらいの立場をとっています。積極も消極もないといえばないのですが、自分の考えをなるべく正確に表現するとそうなります。大きな声で「天皇やめれ!」とは云いませんし、云えません。行幸の先で涙を流す人々は少なからずいるのですから、天皇が求められている存在であることは疑いない。ならば、なぜ廃止論者なのかといえば理由は単純で、皇室の皆さんが不憫だと思うからです。
 つづきはまた明日にでも。

季節はずれ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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