So-net無料ブログ作成
Television ブログトップ
前の10件 | -

1月27日のアレ -夜もあ- [Television]

 あれ、岡本夏生っていま何歳だっけ? という疑問が頭から離れなくなって眠れない夜もあるよね、でおなじみうすたのブログでございます。プロフィール上は1965年生まれですから、今年で45歳になりましょうか。しかし、『ごきげんよう』における年齢詐称の暴露で業界騒然という過去がありますから、プロフィールを鵜呑みにはできない。なんだかんだで50歳前後と思うのですが、仮にそうだとすれば、いや45歳にしてもあのスタイルは驚異です。あの、と書いたものの、私の知る最後の岡本夏生は数年前の『くりぃむナントカ』で目にしたハイレグ姿ですから、その後はどのようなことになっているのか見当もつかないけれども、おそらく痩躯をキープオンしているはず。
 まあ、どうでもいいんですけどね。


 

 ニューMINIのSUV版、カントリーマンが発表された件。全長は4メートルを超え、もはや「ミニ」とは云い難い堂々たる体躯になりました。全幅は公表されていないようですが、1.8メートルを超えるという話もあり、またもや日本の道路事情にそぐわない一台に仕上がっているのでございます。

 俺、がんばって金ためてこの車を買って、それで助手席に岡本夏生を乗せるんだ。もちろんハイレグ着せて。


nice!(0)  コメント(0) 

1月2日のアレ -意図が- [Television]

 年の瀬も切迫し、猫も杓子も金策に走り回る師走の午後、押井守の新作は意図がわからないとしきりに首を傾げる皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。
 2010年の元日をもってその歴史に終止符を打つものといえば、フジテレビ系列の『新春かくし芸大会』であり。第一回の放送は1964年、それから実に46年もの長きにわたってテレビタレントの老若男女が秘めたる才能を小出しにしてきたわけです。奇しくも2009年は55年体制の崩壊を目の当たりにした「薬」じゃなかった「新」たなる年でありましたから、この『かくし芸』の終了をもって私たちは真に「戦後は終わった」と胸を張ることができるのでございます。
 なにしろ「かくし芸」ですから、それは「かくし」ている「芸」なのです。建前上は。だれが「かくし芸」を披露するのかといえば、芸能人。「芸能」を生業とする「人」なのですから、それら芸能人には「本芸」とも呼ぶべき芸能がある。その本芸の陰に隠れてはいるけれども実はこんなこともできるのですよという「かくし芸」を開陳することが、『新春かくし芸大会』の本旨であったはず。建前上は。
 でも、それがいつ頃からのことであるか判然としませんが、「貴方の本芸はなんぞや」と問わざるをえない面々が『新春かくし芸大会』に増えたことはたしかです。秘めたる芸もいいけれど、たまには本気出してみたらいいんでないの。視聴者にそう思わせる有象無象が、忙しい年末のスケジュールを縫うようにひとつところに集合し、付け焼刃でハンドベルを習得して「かくし芸です」とドヤ顔をされても、目の肥えた納税者には納得できるはずもない。
 2011年からはその枠がどうなるのかわかりませんが、正月くらいは芸能人が本気を出すところを見せつける場を提供してもバチは当たるまいと思いつつ、行く年に思いをはせるのでございます。
 それではどなた様にも良いお年を!

のの.jpg

うすた近影(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 

12月21日のアレ -飯- [Television]

 今年も恐怖の大魔王は降臨しなかった2009年も残すところあとわずか、メイド喫茶や思て入ったんが女装した野郎どもに太っとい声で「お帰りなさいませ、ご主人様」いわれてやな、どないなっとんねん、まあええか、いうてうっすらひげが青なっとる兄ちゃんと「あっちむいてホイ!」て意外に楽しんできた皆様におかれましてはいかがおすごしの師走でございましょうか。

 もう終わったものといえばM-1グランプリ2009でございまして、最近とみに増えている弁護士事務所のテレビCMと消費者金融のそれとの区別がつかない皆様におかれましては優勝者の予想は的中されましたか。なになに、敗者復活枠が行くと思っていたから惜しかったって? 知るかボケ。いちいち報告すな。
 ね。そんなん云うてるんですけれども、ファイナルの笑い飯、あれはどうでしょう。あれで優勝しようとは考えていなかったはず。真剣に1000万円をとりにいったなら「チンポジ」はない。ありえない。M-1王者になってはいけない、王者になってしまったらそこで笑い飯は終わりなのだということを彼らはよくよく自覚しているからこそ、あえてはずれのネタを選んだのです。
 今年は例年よりも積雪が早く、私などは11月の終わりにはすでにタイヤ交換を終えていたからいいようなもの、あ、笑い飯の話は終わりました、ご近所では降りしきるホワイトスノーに目を細めながらジャッキアップする姿をようけ見かけました。
 これ以上はとくに話もふくらまないのでM-1に戻りますと、9代目の王者となったパンクブーブーがそれほど売れるとは思えないわけです。絶対的におもしろいよりも、適度におもしろおかしいキャラクターが重宝されるのが、いまのバラエティ番組ではないか。8代目の王者にはなれなかったオードリーが、1000万円をつかみとったマネーの虎じゃなかったM-1王者のノンスタイルよりも圧倒的に「売れている」のは、ひとえに春日のキャラクターあればこそです。ノンスタイルもパンクブーブーも、たしかにネタはおもしろいのでしょう。けれども、それとこれとはまた別の話であるのがテレビの現状です。
 もっとも、キャラクターは爆発力が大きい分、飽きられやすいという諸刃の剣でもあります。2009年の大爆発が落ち着いたとき、果たしてオードリーは逃げ切ることができるのかどうか。そしてパンクブーブーはオートバックスのCMに出られるのかどうか。来年のテレビも見ごたえたっぷりなのでございまして。

のの.jpg

落ち(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 

9月4日のアレ -久- [Television]

 さあ、2009年も残すところあとわずか。こんなインターネッツの辺境を汚しっぱなしのブログをわざわざ閲覧する皆様のことですから、今年のクリスマスに向けた言い訳のひとつやふたつは半年も前に準備完了のことと存じ上げたてまつるのでございますが、当の私はと申しますと、今年はどうやら、おそらく、あわよくば、言い訳のお世話にならずに、そういう、なんというか、直接的な表現は避けなければなりませんが、ホーリーナイトを、夜のホーリーナイトを、明石家サンタを見逃す勢いで、エヘヘヘヘヘヘヘ・・・
 ええ、今年も下痢をしてひとりです。

 


 

 旧聞に属する話題で申し訳ないのですが、日本テレビの夏目三久アナウンサーの「恥ずかしい写真」が流出した件。
 どう好意的に見ても「これからセックス」の一場面であろうことは一目瞭然であり、本人としても、まさか第三者の目に晒されるとは思わなかったでしょう。しかも(めぐりめぐって)週刊誌の手に渡ってしまった。
 これを軽率な行為だとして夏目氏を非難するのはたやすい。「清純」なるイメージで人気を博していたそうですから、雇用主の日本テレビとしても苦い顔をするのは当然かもしれない。担当番組の降板と関係があるのか否かは知りませんが。
 とはいえ、とはいえです。この夏目三久アナウンサーの「逆境」をチャンスに変換することもできたのではないか。なにしろ、夏目氏が手にしているのはコンドームです。日本テレビは意見広告のようなかたちでCMをつくり、流出した写真をおもいっきりドンと画面いっぱいに映し出して、夏目氏のナレーションで「ねえ、つけて」とでも云わせる。セーフセックスを啓蒙するにあたって、こんなにすばらしいCMが他にあるでしょうか。うん、色々あるか。
 夏目氏が手にしているサガミオリジナルのコンドームはばか売れしたそうな。スキャンダルから生まれたその副次的な宣伝効果を、公共的な利益につなげるチャンスだったわけです。もちろん、それを実行する勇気を日本の企業は持ちあわせず、それを許容する寛容さを日本の視聴者は持ちあわせないことを理解したうえで書いているのですが。

のの.jpg

主(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 

8月10日のアレ -碧- [Television]

 盆、暮れ、正月、関係ねえ。一歩たりともこの部屋出ねえ。年中いつでもパソコン向かって見えない敵に牙を剥け。夢も希望も時給もいらねえ。俺は自宅警備員。


 

 終わったなあ、との感慨を深くするものといえば80年代。洋の西ではマイケル・ジャクソンの死、そして東においては「のりピー」が「らりピー」で逮捕。別段、両者が80年代を代表する人物であったわけでもないのですが、このように「かつての」人の残念な今を知らされると、終わった感が強くなるのもやむなしといったところではあるまいか。
 かつての酒井法子には、碧いうさぎが見えていたのです。おそらく、そのうさぎを歌う曲をリリースした頃でも、ぎりぎり見えていたはず。でも、人は、あるいは人の心は、年齢を重ねるとともに薄汚れていく。目はくもり、かすみ、やがて見えていたはずのものが見えなくなってしまう。
 慌てたことでしょう。焦燥に駆られて眠れない夜をいくつも数えたことでしょう。心の中の大事な部分が欠けてしまった、そんな喪失感にも似た思いを抱えていたとき、それが酒井法子の目の前に現れたのです。それを火で炙ると、どうしたことか、見えなくなってしまったはずの碧いうさぎの耳が見えた。もっと見たい、もっとうさぎの全体像を見たい。彼女は何度も何度もそれを炙りました。けれど、どれだけ炙っても見えるのはうさぎの耳だけ。それでも彼女は懸命に炙りつづけました。ときには自称プロサーファーの夫とともに。
 酒井法子が見たと思った碧いうさぎの耳とは、実は悪魔の尻尾だったのです。いや、嘘ですよ。ええ。

のの.jpg

にゃ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 

6月26日のアレ -布- [Television]

 はい、そこ、エドはるみ死亡説を流布しない。だからだめだって。生きてるから。え、見かけない? それはほら、そういう、あの、テレビにはあれしないっていうか、一時期ほどはね、あれしなくなっただけであって。だからやめなさいって。真に受ける人がいるんだから。
 お暑うございます。梅雨はいずこへお隠れになったのでございましょうか。ひょんなきっかけから10も年の若いおなごと電子メールのやりとりをするはめになったうすたのブログでございます。ところで、どういった流れからそういった話題になったものかちくとも思い出せませぬが、なにかおすすめのアイスクリームはあるかとメールにてたずねたところ、「パピコのマンゴー味」と返ってきました。これはいけるんでしょうか。バッチコーイなんでしょうか。よし、ちょっくら行ってくらあ。
 実話はともかく、アメリカの人気歌手マイケル・ジャクソンさんがお隠れになった件。朝のニュースで、アメリカの人気歌手マイケル・ジャクソンさんが具合を悪くして病院に運ばれたというところまでを見聞きしたのです。その後、ハリウッドセレブやらゴシップにやたら詳しい女性と話をしたところ、彼女は「またあれなんじゃない、話題づくりとかでさ、どっかからひょっこり現れたりするんじゃないの」とおっしゃる。太鼓もちとして名高いイエスマンうすたは「そうっすよね、絶対そうっすよ。はい。アメリカの人気歌手マイケル・ジャクソンさんが死ぬとかありえないすよ。はい」と期待を裏切らない応答をするも、直後にインターネット上のニュースをチェックすると「死去」とあった次第。
 死因が特定されるまでにはずいぶんと時間がかかるそうですが、ともかくお隠れになったことは事実。いまだに「プレスリーは生きている」と信じている人がいるように、「ワッコー・ジャッコーは生きている」と訴える人がこれから少なからず出てくるであろうとは思いますが、それはどうでもいい。私がふと思ったのは、日本での報道において必ず「マイケル・ジャクソン -さん- 」と敬称がつくのはなぜなのか、ということです。「さん」はいるのか。ないよりはあったほうがいいのでしょうけれども、なんだかむりやりのような感じがある。それはおそらく語尾が「ソンさん」と響きが悪くなっていることも影響している。新春シャンソンショーをほうふつとさせるからなのでしょう。本当か。
 さらにいえば、そもそも向こうの発音をより正確にカタカナで表すなら「マイコー・ジャクスン」にならないか。ヤキソバンに扮していたのはマイコー富岡ですし、往年の筋肉タレントのギャグを使わせていただけるなら「おしマイコー」となるわけです。

のの.jpg

bigban(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(1) 

6月23日のアレ -避- [Television]

 私のような若輩者は、さまざまな人々と出会い、それらの人々から話を伺い、生き方を見習うことにより、人生の糧としていかなければならないなあ、と思うことしきりの昨今。とにかく、パンツェッタ・ジローラモの仕事を選ばないその姿勢にこそ学ぶべきなのです。
 こんなことを書いている間も、いわゆる「ひきこもり」と呼ばれる状態にある皆様は、やはり部屋から出られずにいるのではないか。悶々としているか、言葉にならない不安に身をよじらせているか、あるいはニコニコ動画で現実逃避を試みているか、人それぞれ過ごしかたはあるだろうとは思いますが、それもこれも十把ひとからげに「ひきこもり」と呼ぶ私たちを許してください。
 リーマンショックよりこのかた、すっかり「世界の中心」から外れてしまった感のあるひきこもり。一時は日本国内に百万人以上もいるという統計がありましたが、その後、増えたという話も減ったという話も耳にしない。あるいは私が知らないだけかもしれません。さまざまな人々がさまざまな対策を講じたのですから、ひきこもりは減ったと考えるのが自然なのでしょうか。しかし、減少したとも考えにくいよなあ、と思うのもまた本心。
 結局、自分の身の回りにひきこもりが存在しない圧倒的多数の日本国民にとって、んなこたどうでもいい問題なわけです。だれが部屋に閉じこもっていようが、それで人生のいくばくかを「ドブに捨てた」としても、自分には関係ない。そんなことより株価が、有効求人倍率が、刑法犯の検挙率が……。景気が悪くなれば、自分以外のことを考える余裕なんてなくなります。
 そんな状況だからこそ、「公共放送」を謳うNHKは、ひきこもりの「その後」を白日のもとにさらす役割を負っていると私は思うのです。なにか刺激的な映像を流すことができれば、おそらく民放も追従するでしょう。そうやって、私たちはひきこもりを忘れていないという姿勢を示すことが、ひきこもりとその家族に対するサポートになるはずです。その端緒となりうるのはNHKしかありません。ちゃんと受信料を支払っている視聴者の願いです。NHKの皆様、ぜひご検討を。

のの.jpg

アガサク(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 

4月29日のアレ -材- [Television]

 こんばんは。「お嫁さんにしたい芸能人ランキング」にて綾瀬はるかが上位に食い込んでくるという事実をにわかに信じることはできないうすたです。いいのか、綾瀬はるか。いいな。いいよな。うん、すごくいいな。綾瀬はるかが俺の嫁か。うわっ、最高じゃん。おっぱいおっぱい。
 変心の早さはけして恥ずかしいことではないと自己肯定感を維持しながら、しかし、私の「お嫁さんにしたい芸能人ランキング」においての第一位は関根麻里であり、これは当分のあいだ揺らぐことはないでしょう。これはぶっちぎりの一位であり、二位以下はもはや周回遅れなのです。しいて云うなら、二位は辺見マリ、三位は真理アンヌ、マリー・アントワネットは外国人枠なので今回は圏外。こうしてみると、私の「お嫁さんにしたい」女性像がなんとなく見えてくるわけです。あえて書きませんが。おっぱいおっぱい。

 現状、わが国における「エロス」を担う者として、杉本彩は間違いなくその三本の 指が 指に入る逸材でしょう。バブル経済が華やかなりし頃は数多の「セクシー要員」のひとりでしかなかった彼女が(それでも抜きん出てセクシーでしたが)、いまやなんだか「ありがたい」ほどのエロスになった。拝みたくなるほどのエロス。
 そのエロス、杉本彩本人としては「本能的」なものと位置づけているはずです。内面からにじみ出てくるエロス、抑えても抑えきれないエロス、常に肌の奥底にて熱くほとばしり爆発の瞬間を待ち焦がれているマグマのようなもの、それが杉本彩のエロスなわけです。知らんけど。杉本彩は芯からエロスなのであろう、エロスを体現して生まれてきたのが杉本彩なのであろう、そのくらいのコンセンサスは世間一般にできあがっていると考えられますし、それはひとえに杉本彩のエロス活動のたまものでもあるわけです。
 しかしどうでしょう、もしも杉本彩のエロスが本能にもとづくものではないとしたら、もしも一連のエロス活動が「やらされている」ものだとしたら、これはすごいことです。なにがって、それこそすごいエロスだ。元々のエロスが5割増になる。
 杉本彩のエロスは抑えきれない本能であったとして、しかし、ひとりのタレントとして考えたとき、デビューした頃のような「セクシー要員」のままであれば、21世紀まで生き残ることはできなかったはずです。どこかで方向転換をするか、メーターを振り切るか、それがなんであれ、タレントとして生き残るためには手を打たなければならなかった。
 だれがそのディレクションをしたのか、私には知る由もありません。おそらく、彼女の本能にしたがった結果が現在の姿なのでしょう。でも、杉本彩のエロスがだれかにやらされているものだとしたら、それでも本能だと強弁し、もしかしたら本能であると信じ込んでしまっているとしたら……そんなふうにタレントの意味を誤読する自由はあるはずです。

のの.jpg

レバー(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 

2月6日のアレ -明- [Television]

 テレビのニュースを見ていると暗いニュースばかりでなんだか気が滅入ってくる。もっと明るいニュースを見せてほしい。
 などとする意見をしばしば目にします。「明るいニュース」とは具体的にどういったものであるのか判然とはしませんが、たしかに昨今のニュースときた日には、この国は車をつくる以外に能のない国であると云わんばかりの空気に支配され、それがだめになったものだからこの国のすべてがだめだめだめだめだめっだめになってしまったがごとき論調に終始している。トヨタが赤字に転落だとか三菱の販売店は客に粗茶の一杯も出さないとか、それらはたしかに「暗いニュース」であり、その他にも振り込め詐欺や通り魔や殺人事件といった事案に関する報道も「暗いニュース」に含まれるでしょう。そんなのばかりでは気が滅入る、という意見もわからないではない。
 しかし、ニュースソースというのは庶民の日常に寄り添ってあるもので、それら無数のソースのなかから報道関係者が「公益性」に鑑み、最終的には独断と偏見に基づくかたちで「ニュース」を仕立てあげるわけです。つまり、「もっと明るいニュースを」と訴える人々の半径3メートル以内にもニュースソースは存在し、そのなかには当然のごとく「明るいニュース」のタネも存在するはずです。「明るいニュース」を訴求する人々は、ただやみくもに求めるばかりで、自分の身の回りに起こった楽しい出来事や愉快な話題に気がついていないのです。
 幸せは自分のとなりにある。そうはわかっていても、なかなか青い鳥に気がつかないのが人間です。ですので、暗いニュースを目にするたび「他人の不幸でメシがうまい」という心象を抱くことができるようになれば、「暗いニュース」ばかりの世の中でも存外楽しく暮らせるのではないでしょうか。つか、週刊誌全般が「他人の不幸でメシがうまい」で成り立っているよね。ハハッ、ワロス。

のの.jpg

よつばと義(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

1月10日のアレ -弁- [Television]

 あけましておめでとうございました。本年もよろしくお願いいたしました。
 事後承諾にてご勘弁を願いたいのですが、本年も不肖うすた、あけさせていただきました。よもやあけられるとは思ってもいなかったのです。というのも、あけて早々に風邪をこじらせてしまい、一月にこんだけ具合わるかったら七月とかにはどんだけだよ、と軽口が口をつくほどこじらせたのであり、本当にあの、こじらせたのです。どんだけ語彙の引き出しがないんだよ。
 おこたとみかんのおかげさまで日常生活に支障のない程度には回復しましたが、方々にて開催されたと伝え聞く新春セールにはすっかり乗り遅れました。これもまたインターネットのおかげさまにていくつかの買い物はできましたものの、やはり実物を見てからの衝動買い、衝動買いからの後悔、そういった新春恒例のあれこれがとりおこなわれなかった本年は、きっとなにかあるでしょう。
 ろくにテレビも視聴できぬほど具合がわるかった年末年始、印象としては「芸人のネタ番組が多かった」でしょうか。元来、この時期にはネタ番組が多いのですが、今季は本当にそればかりだった、ような気がするのは私がそんな番組ばかり選んで見ていたからなんじゃないかと思いつきました。いま。あとはなんでしょうか、内村光良の復権とでもいうべき状況はあると思います。2008年がフリートーク全盛期からネタ復権への過渡期であったとすれば、内村光良が見直されるのも当然でしょう。結局のところ、フリートークで明石家さんまとダウンタウンを超越する者は現れなかったのであり、これからますますネタ番組が見直されていくとするなら、だいぶ淘汰も進む。そして、これまでは日の目を見なかった芸人や、不当に冷遇されていた芸人が続々とカーペットに乗り流れてくるのです。よかったね。
 淘汰といえば、昨年はハロプロのリストラも進んだらしい。なにがどうなっているのか調べる気力も起こらないほど興味が失せてしまったのですが、要するに、カネにならない人はお払い箱ということなんでしょう。
 あれだけ輝いていたモーニング娘を「卒業」して、それからどうなったか。同じスタートラインから走りはじめても、行き着く先はずいぶん異なるわけです。ひな壇の最前列を指定席にできる者もいれば、地方のスナックを回る者もいるのだとか。才能、努力、運、さまざまな要素があるのだろうとは思いますが、2009年、みんなが幸せになれるといいですね。ピース。

のの.jpg

has(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | - Television ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。