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7月8日のアレ -チャンピオン.2- [Story: 4]

 全面がガラス張りになった店の前を歩く。無菌室のような店内をそれとなく観察すると、どうやらケーキの店らしいことがわかった。奇妙なのは、モノトーンの制服に身を包む店員がひとり残らず白いマスクをかけている点だ。経営者がマイケルジャクソンの熱狂的ファンなのだろう。甘いものは好きだが、ガラス張りは好みではない。
 店の中央にさしかかると、辟易するほどの人ごみが待っていた。エスカレータの前にすら、上昇志向の人々が列をなしている。幾重にもつらなる話し声、子どもがわめく声や笑い声、そこに店のBGMが折り重なって、混沌が生まれていた。とはいえ、この中にまぎれることができれば好都合だ。小石を隠す場所は河原にかぎる。人の流れに合わせ、努めてゆっくりと歩くよう心がけながら、正面のエントランスへと向かった。
 マクドナルドの混雑は、ロシアにはじめてマックが開店したときのニュースを彷彿とさせるほど、ひどかった。列の最後尾に並ぶと、空席を探すふりをしながら出口を探した。正面口の他、そのまま駐車場へとつながるドアが奥にある。残念なことに、空席は見つからなかった。
 ようやくビッグマックのセットを受け取ると、トレーを両手に店の奥へとそろそろ歩いた。コーラをすすっていた紺色の作業着姿の男性が立ち上がり、うまいぐあいに出口にほど近い席が空いた。小さなテーブルにトレーをおくと、店内の喧騒にまじって若い男女の悪態が聞こえた。どうやらこの席をねらっていたらしいが、おそらく俺のほうがお年寄りだから譲ってやるいわれはない。椅子に腰かけると、つい先ほどまでの住人の残り香が鼻をつく。鉄と機械油、それに汗のいりまじった臭いに、いくぶんほっとした。この臭いは本職だ。俺も変装する際に作業着の世話になることがあるが、汚れはごまかせても、臭いまでは難しい。
 ビッグマックの包み紙をガサガサいわせつつ、なるべくうつろな表情をつくろって店内を観察した。今までのところ、尾行されている気配はない。作業着の男も違うだろう。だれかに見られていると視線を感じるというが、だれかを尾行し監視する仕事に就いてはじめて、その意味を実感できた。逆説的だが、そういうものだ。
 駐車できる場所を求めてうろうろするカローラを窓ガラスの向こうに見つめながら、外に出てからのことを考えた。なるべく目立たないことがすべての前提である以上、目的地までは公共交通機関を使う。おそらく電車になるだろう。ここからH駅までは、徒歩で20分といったところか。とはいえ、悠長にハイキングを楽しんでいる場合ではなくなったときには、やはり車を拝借するしかない。お借りする行為それ自体は容易でも、その後は警察からも追われるという、容易ならざる事態に発展することは明らかだ。なにより、見知らぬだれかの愉快な日曜日をぶち壊したくはない。

イオ(写真はイメージです。本文とは関係ありません)


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7月2日のアレ -チャンピオン.1- [Story: 4]

 自動ドアの歓迎をくぐりぬけると、まったく愉快なBGMに満たされた空間が目の前に広がり、思わずたじろいだ。明るすぎ、楽しすぎる。いや、だからこそ、ここに来たのではなかったかと考えなおして、店内に足を踏みいれた。
 チャンピオン・ショーなるシュールな名前のショッピングセンターは全国にチェーン展開している東証一部上場企業らしいのだが、俺を生み育て、俺の人生の選択肢を極限まで絞りこんでくれたド田舎への出店は、いまだ実現していない。賢明な企業だ。
 数歩すすんでからふと思い返し、エントランスへと引き返す。男の子を肩車した熊のような男性とぶつかりそうになり、あわてて身をかわしたおかげで、少しよろけた。熊にまたがりニヤニヤしている坊主頭にムカムカしたが、いかにも情けない笑顔でやりすごした。こんなところでトラブルを起こすわけにはいかない。
 入り口脇に掲示された店内の案内図を見やる。てっきり正面から入ったものとばかり思っていたが、ここはどうやら東口で、正面は北側にあることがまずわかった。ひとつ賢くなった気分だ。店は三階まであり、衣料品店、薬局、本屋、呉服屋、ありがたいことに映画館も完備。出入り口は東西南北の四ヶ所にあるが、念のために位置を確認しておいたほうがいいだろう。こういった場所ではしばしば方向感覚が麻痺する。
 大きな笑い声がした方に目を向けると、ホンダのミニバンを降りた家族連れがいかにも愉快といった風情でこちらに歩いてくる姿が見えた。目を細めたのは、まぶしかったから、だと思う。どれだけ記憶をたどっても、俺の家族にはなかった姿だ。もしあれば、もう少し違った人生になっていたかもしれない。
 屋上も含めると千台以上の駐車スペースはあるのだろうが、ほぼ九割方が埋まっている。さすが日曜。よく晴れた安息日、ショッピングセンター以外に出かける場所はいくらでもあるだろうに、とは思うが、大切なことは「どこへ行くのか」ではなく「だれと行くのか」にあるのだろう。ひとりの客は俺だけではないかと不安になってきた。
 テナントの配置をざっと頭にメモすると、笑い声の絶えない家族連れの背中をぼんやり見つめながら、優先順位を考えた。いや、考えるまでもない。まずはメシだ。

NO PLAN写真イメージです。本文とは関係ありません)


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