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10月3日のアレ -理- [Misc.]

 第2回チキチキ東京オリンピックはお流れになった昨今、目から牛乳を出しすぎる皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。深読みしなくても大丈夫、意味など端からありません。



 以前にも書いたことなのですが、最近は二十歳の女性と電子メールを送ったり送られたりしています。二十歳の頃の自分と比べても彼女の考え方はしっかりしているし、礼儀もわきまえている。新聞を購読していて、私の好きな時事ネタにも付き合ってくれるのですから、まさに長男の嫁にしたいタイプの女性なのです。
 先般の衆議院選挙の際、それが彼女にとって参政権デビューとなる記念すべき選挙であったこともあり、私たちは政治の話を送ったり送られたりしました。そのなかで、幸福実現党の流れからだったかと記憶していますが、オウム真理教の話題になりました。彼女はオウム真理教という教団名、あるいは麻原彰晃という個人名は知っており、また教団が引き起こした数多の「反社会的行為」についても知ってはいたのですが、「真理党」として衆議院選挙に出馬したことは知らなかった。
 考えてみれば、無理もない話です。真理党が出馬した第39回衆議院選挙は1990年の出来事、そのとき彼女は2歳だったのですから知っているわけがありません。また、二度のサリン事件が発生した90年代なかばには、彼女はようやく小学校入学した頃だったわけです。当然、事件については学校でも話題になったこととは思いますが、正しく理解することができうるはずもない。
 選挙にて惨敗したという事実はともかく、オウム真理教に関する基礎的な知識、たとえばオウムの端緒は町のヨガ教室であったこと、信徒には一流大学を卒業した理系の優秀な頭脳がそろっていたこと、海外にも組織の輪を広げていたことなどについて、彼女は知りませんでした。海上自衛隊がインド洋にて行っている給油活動が打ち切りとなる見通しであることを知る二十歳の女性がどれほどいるかと考えてみたとき、彼女はけして不勉強の類ではなく、むしろ世事に通じている女性です。その彼女をして、しかしオウム真理教について知ることは少ない。もしかしたらオウムを知らぬ二十歳も少なからず存在するのではないかとすら思ってしまうのです。
 なぜあの教団があそこまで勢力を拡大しえたのか、なぜ優秀な学生が引き寄せられたのか、なぜ暴走したのか、私たちがそれらの問題について十分に考え、議論をし、一定の社会的合意をみる前に、麻原彰晃は吊るされてしまった。公判の途中からすでに「正気」を保っていなかったとされる彼の口からその答えやヒントを得ることは難しかったのかもしれない。けれども、彼の死によって、一連の事件には終止符が打たれてしまった。まだ指名手配中の容疑者もおり、被害者の補償問題も解決してはいませんが、私たちのなかで「オウム真理教」はたしかに終わってしまったのです。
 ああ、オウムはいろいろ事件を起こしたね。オウムってなんだっけそれ、聞いたことはある。オウム、なにそれ知らない。いずれそのような日が訪れたとき、第二のオウム真理教が暴走をはじめるかもしれない。なにかしらの形で、オウム真理教の名と実が風化しないよう努力をするべきではないでしょうか。

のの.jpg

月(写真はイメージです。本文とは関係ありません)

 

※追記

と思ったら、まだ死刑は執行されておりませんでした。訂正いたします。


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